1960年代は昭和35年から昭和44年にあたり、高度経済成長期の真っただ中。テレビ、洗濯機、冷蔵庫といった「三種の神器」が普及し、インスタント食品も登場して生活は急速に近代化した。’63年には日本初のテレビアニメ『鉄腕アトム』が放送開始し、翌年には東京オリンピックが開かれ国際的な注目を集める。大衆文化も拡大し、『大河ドラマ』や『笑点』『ウルトラマン』が人気を獲得した。海外文化の流入では’66年のビートルズ来日、’67年のツイッギー来日が若者文化を刺激し、ミニスカートが流行した。一方で三億円事件など社会を揺るがす出来事も起こり、’69年には『8時だョ!全員集合』が始まり国民的な娯楽となった。
─ 各界の主な人物 (順不同) ─
細川隆元(政治評論家ほか)
昭和後期の政治評論家。朝日新聞社で政治部長,編集局長を歴任後。社会党の衆議院議員となる。テレビ番組の毒舌で人気を得た。
本田宗一郎(実業家)
1948年設立した本田技研工業の創業者。戦後日本の高い経済成長を象徴する名経営者。
鹿内信隆(実業家)
昭和から平成にかけ手腕を振るった実業家で、元・フジサンケイグループ議長。
渡辺晋(渡辺プロダクション創業者)
1955年、渡辺プロダクションを設立。日本のショービジネスの発展に大きく寄与した第一人者。
石原慎太郎(小説家ほか)
1955年、一橋大学在学中に『太陽の季節』で芥川賞を受賞し、太陽族ブームを生んだ。文学と並行して政治の道に進み、参議院議員、環境庁長官、運輸大臣を歴任。1999年から東京都知事を4期務め、新銀行東京設立やディーゼル車規制など強い発信力を伴う政策で賛否を呼んだ。晩年は日本維新の会などで活動し、2014年に政界を引退した。
夏目漱石(小説家)
「吾輩は猫である」で作家として出発し「坊っちゃん」「草枕」などで文壇に地位を築く。その後東京朝日新聞に入社し、職業作家として執筆活動を続けた。
川端康成(小説家)
大正~昭和期に活躍した小説家。日本人初のノーベル文学賞の受賞者。代表作は「伊豆の踊子」「雪国」など。
池波正太郎(時代小説家)
1967年開始の「鬼平犯科帳」シリーズがヒット。「真田太平記」ほか多くの作品群で時代小説の作家として揺ゆるぎない人気を得た。'60年に直木賞を受賞。
司馬遼太郎(小説家)
産経新聞記者出身の小説家で、代表作は「龍馬がゆく」「花神」「坂の上の雲」など。「梟の城」で直木賞を受ける。
佐藤愛子(小説家)
大阪生まれの小説家で、父は佐藤紅緑、異母兄にサトウ・ハチローがいる。体験に根ざした家庭小説を力強く描き「戦いすんで日が暮れて」で直木賞を受賞。エッセー「我が老後」でも知られる。
山崎豊子(小説家)
大阪生まれの小説家。本姓は杉本。「花のれん」で直木賞受賞後、徹底取材による社会派作品を発表し、「白い巨塔」「大地の子」「華麗なる一族」など映像化作品も多い。
三島由紀夫(小説家)
1925年東京生まれの小説家・劇作家。本名は平岡公威。「仮面の告白」で評価を確立し、唯美主義と批評精神に富む作品を発表。「金閣寺」「豊饒の海」などが代表作。1970年に割腹自殺した。
星新一(SF作家)
東京生まれの小説家・SF作家。本名は親一。ショートショートの名手として1000編超を発表し、「人造美人」「未来いそっぷ」など人気作多数。長編や伝記作品も手がけた。
田辺聖子(小説家)
大阪生まれの小説家。「感傷旅行」で芥川賞を受賞し、大阪弁のユーモアある作風で人気を得た。「新源氏物語」など幅広く執筆し、文化功労者・文化勲章を受章した。
野坂昭如(小説家ほか)
神奈川生まれの小説家。コントやCM作詞から転じ、戦争体験を基にした饒舌な文体で注目を集めた。「アメリカひじき」「火垂るの墓」で直木賞受賞。
開高健(小説家)
大阪生まれの小説家。「裸の王様」で芥川賞受賞。組織と人間、戦争体験などを題材に作品を発表し、釣り紀行エッセイでも人気を得た。
小松左京(小説家)
大阪生まれの小説家。SF作家として活躍し、「日本沈没」で日本推理作家協会賞受賞。ほかに「さよならジュピター」「首都消失」など多数の作品を発表。
井上ひさし(小説家)
山形生まれの小説家・劇作家。独自のユーモアと風刺で人気を博し、「手鎖心中」で直木賞受賞。小説「青葉繁れる」「吉里吉里人」、戯曲「頭痛肩こり樋口一葉」などを発表。
大江健三郎(小説家)
愛媛生まれの小説家。東大在学中に「飼育」で芥川賞を受賞し、現代文学の旗手となる。小説「個人的な体験」「万延元年のフットボール」や「ヒロシマ・ノート」を発表し、1994年ノーベル文学賞受賞。
寺山修司(歌人・劇作家)
青森生まれの劇作家・歌人。早熟の歌人として才能を示し、劇団「天井桟敷」を主宰して前衛演劇を展開。歌集「空には本」、戯曲集「血は立ったまま眠っている」などを発表。
唐十郎(劇作家ほか)
東京生まれの劇作家・演出家・俳優・小説家。状況劇場を率い紅テント公演でアングラ演劇を代表。「少女仮面」「泥人魚」で各演劇賞受賞、小説「佐川君からの手紙」で芥川賞受賞。
横尾忠則(美術家)
兵庫県出身の美術家・グラフィックデザイナー・版画家・作家。神戸新聞社勤務後に独立し、精神世界やオカルティズムの影響を経て画家に。日本芸術院会員。
和田誠(イラストレーターほか)
大阪出身のイラストレーター・グラフィックデザイナー。書籍や週刊誌の表紙・挿絵、タバコパッケージデザインに加え、映画関連のエッセー執筆や映画監督も手がけた。
田村セツコ(イラストレーター)
イラストレーター・エッセイスト。1960年代に少女誌でおしゃれページを手がけ、1970年代以降はキャラクターグッズや名作物語の挿絵を担当。連載エッセイも長年執筆。
水森亜土(イラストレーター)
イラストレーター・歌手・女優。NHK「たのしいきょうしつ」で歌いながら即興イラストを描きブレイク。アニメソングや童謡にも多数参加し、独自のキャラクター作品で人気を集める。
いわさきちひろ(絵本作家)
児童画家・絵本作家。透明感ある水彩で子どもを生き生きと描き、絵本「あめのひのおるすばん」「ことりのくるひ」や挿絵「母さんはおるす」などで知られる。
丹下健三(建築家)
日本の建築家・都市計画家。戦後復興から高度成長期に多くの国家プロジェクトを手がけ、海外でも活躍。プリツカー賞受賞者で多くの建築家を育成した。
長谷川町子(漫画家)
世田谷区・桜新町を舞台とする四コマ漫画「サザエさん」で人気を博し、家庭漫画の典型を確立。「意地悪ばあさん」なども手がけ、没後に国民栄誉賞を受賞。
水木しげる(漫画家)
妖怪漫画の第一人者で、「ゲゲゲの鬼太郎」をはじめ日本各地の妖怪や民間伝承を描く。「昭和史」や「のんのんばあとオレ」なども手がけた文化功労者。
加藤芳郎(漫画家ほか)
庶民生活を題材にナンセンス漫画を描き、「オンボロ人生」「まっぴら君」などで人気。硬質な線と極端にデフォルメした人物描写が特徴で、戦後派三羽烏の一人。
手塚治虫(漫画家)
漫画家・アニメ監督・医師。ストーリー漫画とアニメの先駆者で、「マンガの神様」と称される。大阪出身で医学博士号を持ち、戦後日本の漫画表現を開拓した。
サトウサンペイ(漫画家)
大阪出身で「平凡なサラリーマンの生活」を描き、サラリーマン漫画の創始者とされる。代表作に長期連載の4コマ漫画『フジ三太郎』がある。
花村えい子(漫画家)
1959年にデビューし、『霧のなかの少女』で少女や親の恋愛を描き注目される。その後、少女漫画からレディースコミックへ活動を広げ、働く女性や小説の漫画化作品を手がけた。
藤子・F・不二雄(漫画家)
富山出身で本名は藤本弘。安孫子素雄と「藤子不二雄」として活動し、「オバケのQ太郎」で人気を得る。コンビ解消後も執筆を続け、「ドラえもん」「キテレツ大百科」など日常とSF融合の作品で高評価を得た。
藤子不二雄A(漫画家)
富山出身で本名は安孫子素雄。藤本弘と「藤子不二雄」として活動し「オバケのQ太郎」で人気を得る。コンビ解消後も執筆を続け、ブラックユーモアを織り込んだ青年向け作品「笑ゥせぇるすまん」などで知られる。
横山光輝(漫画家)
兵庫出身、本名光照。時代・SF・歴史・少女漫画など幅広く手がけ、「鉄人28号」「魔法使いサリー」「バビル2世」などがアニメ化され人気を博す。
園山俊二(漫画家)
島根出身。早大在学中より活動を始め、飄々としたタッチで日常を描くユーモア漫画を手がけ、「ギャートルズ」「花の係長」「ペエスケ」などが代表作。
山根赤鬼(漫画家)
東京都生まれ、富山育ち。本名・山根孝。田河水泡の弟子で筆名は師匠による。代表作に『よたろうくん』『かばどんとなおみちゃん』『てなもんや三度笠』など。
赤塚不二夫 (漫画家)
満州生まれ。本名・藤雄。独特のキャラクターが登場するギャグ漫画で人気を博し、多くの流行語を生む。代表作に「おそ松くん」「天才バカボン」「もーれつア太郎」など。
つのだじろう(漫画家)
1955年に「新・桃太郎」でデビューし、少女漫画を経て少年漫画でギャグや劇画を発表。'70年代には『うしろの百太郎』『恐怖新聞』で怪奇・オカルト漫画の第一人者となる。
楳図かずお(漫画家)
1955年に貸本漫画でデビューし、『漂流教室』『まことちゃん』『わたしは真悟』などを発表。ホラー漫画の第一人者として知られ、幅広いジャンルでも活躍した。
梶原一騎(漫画原作者)
漫画原作者として、スポーツや格闘技を題材に「巨人の星」「タイガーマスク」「あしたのジョー」「空手バカ一代」など多数の作品を手がけた。
さいとう・たかを(漫画家)
貸本時代に劇画を確立し、代表作「ゴルゴ13」をはじめ多数のヒット作を生む。「さいとう・プロダクション」を設立し分業体制で制作した。
望月あきら(漫画家)
少女漫画家。1957年に貸本漫画でデビュー後、多数の少女漫画や探偵漫画を執筆。『サインはV!』『ゆうひが丘の総理大臣』などはテレビ化され人気を博す。
モンキー・パンチ(漫画家)
代表作『ルパン三世』で人気を博し、多数の青年漫画を手掛ける。デジタルマンガ協会初代会長や大学教授も務め、後進の育成に尽力した。
東海林さだお(漫画家)
漫画家・エッセイスト。本名庄司禎雄。『アサッテ君』を毎日新聞で40年超連載し、全国紙連載漫画の最多掲載記録を樹立。幅広いエッセイも手がける。
石ノ森章太郎(漫画家)
本名小野寺章太郎。SF・ギャグ・学習漫画など幅広く執筆し、「漫画の帝王」と称される。代表作に『サイボーグ009』『人造人間キカイダー』『仮面ライダー』など。
松本零士(漫画家)
福岡出身。本名松本晟。SF漫画を中心に幅広いジャンルを手掛け、『宇宙戦艦ヤマト』『銀河鉄道999』『男おいどん』などが代表作。
ちばてつや(漫画家)
東京出身。本名千葉徹弥。スポーツ漫画を中心に活躍し、『あしたのジョー』をはじめ『ハリスの旋風』『おれは鉄平』などで人気を得る。
川崎のぼる(漫画家)
大阪出身。本名川崎伸。『巨人の星』『いなかっぺ大将』『荒野の少年イサム』などを手がけ、現在は熊本で絵本作家として活動する。
ジョージ秋山(漫画家)
栃木出身の漫画家。本名は秋山勇二。ギャグ漫画で人気を得る一方、過激な描写の問題作も多い。独自の道徳観を示す青年向け作品で支持される。代表作に「アシュラ」「銭ゲバ」「浮浪雲」など。
永井豪(漫画家)
石ノ森章太郎の助手を経て1967年にデビュー。性や暴力表現を大胆に導入し、ギャグからシリアスまで幅広く描く。代表作に「ハレンチ学園」「デビルマン」「マジンガーZ」「キューティーハニー」など。講談社漫画賞受賞。
浦野千賀子(漫画家)
大阪出身の漫画家。若くして貸本漫画でデビューし、『アタックNo.1』が大ヒットしてアニメ化され、バレーブームを生んだ。夫は名胡桃ゆうで、作品の多くでストーリーを担当した。
本宮ひろ志(漫画家)
千葉市出身の漫画家。『男一匹ガキ大将』『サラリーマン金太郎』などヒット作を多く持つ。浦和高通信制を中退。妻は漫画家のもりたじゅん。
石津謙介(ファッションデザイナー)
は岡山市出身のファッションデザイナーでヴァンヂャケット創業者。1960年代の「アイビールック」を生み、“メンズファッションの神様”と称された。
長沢節(セツ・モードセミナー創設者)
会津若松出身のイラストレーターで、セツ・モードセミナー創設者。日本のファッション・イラストの草分けとして戦後のスタイル画で人気を博し、多くの人材を育成した。
芦田淳(ファッションデザイナー)
ジュンアシダ創業者。上皇后美智子の専任デザイナーを務め、オリンピック日本選手団の公式服装や企業制服も多く手がけた。
高橋圭三(アナウンサー)
NHK出身のアナウンサーで『紅白歌合戦』白組司会を9年務めた。1962年に独立し、フリーアナウンサーの先駆けとして多くの番組で活躍した。
小川宏(アナウンサー)
元NHKアナウンサーで、1965年から『小川宏ショー』司会として17年・4451回の長寿記録を達成し、穏やかな語り口で人気を博した司会者である。
前田武彦(放送作家・司会者)
タレント・放送作家・司会者で、毒舌と世間話を交えたフリートークを司会に導入した先駆者。「フリートークの天才」と称された。
大橋巨泉(放送作家・司会者ほか)
タレント・放送作家・ジャズ評論家で、テレビ司会者として人気を得た。軽妙な語り口で流行語も生み、『巨泉・前武ゲバゲバ90分!』などで活躍した。
中村八大(作曲家)
作曲家・ジャズピアニストで、『上を向いて歩こう』『こんにちは赤ちゃん』など多数のヒット曲を生み、1960年代の音楽界で活躍した。
遠藤実(作曲家)
「高校三年生」「せんせい」「北国の春」などを手掛け、演歌の普及や音楽文化振興に尽力し、日本音楽著作権協会会長も務めた。
永六輔(放送作家ほか)
放送作家・エッセイスト・作詞家で、テレビやラジオで活躍し、「こんにちは赤ちゃん」「上を向いて歩こう」などを手掛け、菊池寛賞を受賞した。
上原ゆかり(タレント)
4歳から子役として芸能活動を開始。1962年、明治製菓「マーブルチョコレート」のCMで“マーブルちゃん”として人気を博し、テレビドラマや映画で活躍した。学業と両立しつつ活動を続け、'79年に写真家・奥正治と結婚、'85年に引退。
四方晴美(タレント)
俳優・安井昌二と小田切みきの娘で、愛称はチャコ。1962年に映画でデビューし、同年のドラマ『パパの育児手帳』で主演、「チャコちゃんシリーズ」で国民的子役となった。'75年に一度引退後、短期間復帰するも'80年代に再引退。以後は一般企業に勤め、マクドナルドでは店長も務めた。
宮脇健(俳優)
1961年生まれの俳優。旧芸名は宮脇康之。1964年に映画で子役デビューし、『おはなはん』でテレビ進出。'67年から「ケンちゃんシリーズ」に10年間出演し、国民的子役として人気を博した。
円谷英二(円谷プロダクション初代社長)
特殊撮影監督で、「ゴジラ」や「ウルトラマン」などで特撮技術を革新し、昭和特撮界に多大な功績を残した「特撮の神様」と称される。
黒澤明(映画監督)
映画監督・脚本家で、ダイナミックな映像とヒューマニズムで国際的評価を受け、「七人の侍」などを手がけ文化勲章・国民栄誉賞を受賞した。
市川崑(映画監督)
都会的風俗喜劇から文芸・記録映画まで幅広く手がけ、「犬神家の一族」「ビルマの竪琴」などを監督し文化功労者に選ばれた。
岡本喜八(映画監督)
巧みなカットとテンポのよい娯楽作品を多く手がけ、「独立愚連隊」「日本のいちばん長い日」などを監督した。
五社英雄(映画監督)
テレビドラマ「三匹の侍」の映画化をはじめ、多くの時代劇作品を手がけ、「吉原炎上」「肉体の門」などを監督した。
円谷一(円谷プロダクション二代目社長)
円谷プロ2代目社長で演出家・プロデューサー。『ウルトラQ』『ウルトラマン』など特撮テレビ番組を監督し、シリーズの隆盛に貢献した。
淀川長治(映画評論家ほか)
映画評論家・解説者で、『日曜洋画劇場』で独特の語り口「サヨナラ、サヨナラ、サヨナラ…」を用い、全国的に親しまれた。
小森和子(映画評論家ほか)
1947年『映画の友』誌で活動を開始。ジェームズ・ディーンの熱狂的崇拝者として知られ、独自の映画愛で著名人にも影響を与えた。
石井ふく子(TBSテレビプロデューサー)
テレビプロデューサー・舞台演出家で、TBSで橋田壽賀子や平岩弓枝と多数のヒットドラマを制作し、後に舞台演出にも活動を広げた。
兼高かおる(ツーリストライター)
旅行家・旅行ジャーナリストで、1958年に世界最短記録で世界一周を達成し、海外紀行番組のナレーター兼プロデューサーとして活躍した。日本旅行作家協会名誉会長も務めた。
鎌田光夫(サッカー選手)
茨城出身の元サッカー選手・監督で、DFとして日本代表75試合出場。1964年東京五輪や1968年メキシコ五輪で活躍し、古河電工で天皇杯3度制覇した。
ファイティング原田(プロボクサー)
元プロボクサーで、WBAフライ級王者、WBA・WBCバンタム級統一王者として世界2階級制覇。現在はジム会長や元プロ協会会長として活動。
釜本邦茂(サッカー選手ほか)
元サッカー選手・指導者で、日本代表として国際Aマッチ76試合75得点を記録。日本リーグ通算202得点で歴代1位、1968年メキシコ五輪得点王。
金田正一(プロ野球選手)
愛知出身のプロ野球投手で、通算400勝の日本記録を達成。剛速球でノーヒット・ノーランや完全試合を記録し、引退後はロッテ監督として1974年に日本一に導いた。
野村克也(プロ野球選手)
京都出身のプロ野球選手・監督で、南海入団後、戦後初の三冠王を獲得。本塁打王9回、打点王7回、通算657本塁打を記録し、引退後はヤクルト・阪神・楽天などで監督を務めた。
長嶋茂雄(プロ野球選手)
千葉出身のプロ野球選手・監督で、巨人入団後すぐ本塁打・打点二冠を獲得し新人王に。国民的人気を誇り「ミスタージャイアンツ」と呼ばれ、引退後も監督としてチームを日本一に導いた。
板東英二(プロ野球選手)
中日ドラゴンズで活躍した元プロ野球投手で77勝を挙げ、引退後はタレント、野球解説者、俳優、司会者、YouTuberとして活動した。
王貞治(プロ野球選手)
巨人軍で活躍したプロ野球選手で、一本足打法を武器に本塁打世界記録868本を達成。13年連続本塁打王、三冠王経験もあり、引退後は巨人やダイエーなどの監督を務めた。
張本勲(プロ野球選手)
広角打法で安打を量産したプロ野球選手で、7度の首位打者を獲得し、球界初の3000本安打を達成。東映入団後、巨人やロッテでも活躍した。
江夏豊(プロ野球選手)
元プロ野球投手で、シーズン401奪三振の日本記録保持者。最優秀救援投手6回獲得や「江夏の21球」など数々の伝説的プレーで知られる。