その他各界 > 1980年代

1980年代は昭和55年から平成元年までで、日本経済がバブル期に向かって急成長した。前半は円高で低成長が続いたが、後半は超低金利政策を背景に株価と地価が異常に高騰した。オフィスではパソコンやワープロが普及しOA化が進展。女子大生ブームや「新人類」と呼ばれる新世代が台頭し、聖子ちゃんカットなどアイドル模倣のファッションが広がる。竹の子族などの若者文化も街を彩った。コンビニと大型スーパーの拡大で生活が便利になる一方、地方ではシャッター通りが増加した。テレビでは藤子不二雄作品が大人気となりアニメ文化が定着。スポーツ界では王貞治らスター選手の引退が続き、一つの時代が終わりを迎えた。

─ 各界の主な人物 (順不同) ─

相田みつを(詩人)

1924年生まれの日本の詩人・書家。伝統的書道を経て自らの言葉を独特の書体で表現する「書の詩人」として知られ、代表作に『にんげんだもの』『おかげさん』などがある。'80〜'90年代に人気を博し、「平易な言葉で心に響く詩」を通じて多くの人々の共感を集めた。

橋田壽賀子(脚本家)

1925年京城(現在のソウル)生まれの脚本家。フリーの脚本家として「おしん」「渡る世間は鬼ばかり」をはじめとする数々の国民的テレビドラマを手掛けた。'92年に 橋田文化財団 を設立し、後進の脚本家育成にも貢献した。2021年4月に95歳没。日本のテレビドラマ界に大きな足跡を残した。

西村京太郎(小説家)

日本を代表する推理作家で、「寝台特急殺人事件」をはじめ鉄道や旅を舞台にしたトラベルミステリーで人気を博した。「十津川警部」シリーズなど多数のベストセラーを生み出し、江戸川乱歩賞や日本推理作家協会賞などを受賞。推理小説界の重鎮であった。

小松左京(小説家)

大阪生まれの日本を代表するSF作家。1962年にデビューし、'73年の『日本沈没』で大ブームを起こす。『首都消失』など多数の SF 長編で、SF文学の地位確立に貢献した。

山村美紗(小説家)

「京都」を舞台にしたミステリーを多数執筆し、“ミステリの女王”と呼ばれた。1967年ごろから執筆を始め、'74年にデビュー。'83年『消えた相続人』で日本文芸大賞を受賞。作品の多くがドラマ化され、'60〜'90年代のテレビでも大きな人気を得た。'96年に急逝。

森村誠一(小説家)

日本の社会派ミステリーの巨匠。1969年の『高層の死角』でデビューし、'76年の『人間の証明』で大ベストセラーを記録。その後も『悪魔の飽食』など社会問題に切り込む作品を発表し、多くが映像化された。2023年、肺炎により90歳で死去した。

渡辺淳一(小説家)

北海道出身の元医師で、1965年から小説家として活動を開始。'70年に『光と影』で直木賞を受賞し、'97年の『失楽園』で社会現象とも呼ばれる大ベストセラーを生み出した。50作以上を世に送り出し、性愛や人生の本質を描く作風で知られた。

片岡義男(小説家)

1939年東京生まれの小説家、エッセイスト、翻訳家、写真家。'74年『白い波の荒野へ』で小説家デビューし、翌年『スローなブギにしてくれ』で新人文学賞を受賞。以来、小説やエッセイ、評論、翻訳、写真集など多彩に活動し、数多くの著作を残してきた。

景山民夫(小説家)

1947年東京生まれの小説家・放送作家。'68年からテレビ番組の構成作家として活動を始め、多数の人気番組に携わった。'86年『虎口からの脱出』でデビュー後、'88年に『遠い海から来たCOO』で第99回直木賞を受賞し、小説家としても成功を収めた。'98年1月、自宅の火事により50歳で亡くなった。

嵐山光三郎(編集者)

1942年静岡県浜松市生まれの作家・エッセイスト。雑誌編集者として「平凡社」の『太陽』編集長などを経て独立。軽妙な筆致で食・旅・文化を描き、'88年『素人庖丁記』で第1回の講談社エッセイ賞、2006年『悪党芭蕉』で泉鏡花文学賞と読売文学賞を受賞。食・旅・文人趣味など多彩なテーマで親しまれ、文化界に大きな足跡を残した。

沢木耕太郎(小説家)

1947年東京生まれのノンフィクション作家。深夜特急 三部作などで知られ、'79年『テロルの決算』で大宅壮一ノンフィクション賞、'82年『一瞬の夏』で新田次郎文学賞、'85年『バーボン・ストリート』で講談社エッセイ賞などを受賞。多方面にわたるノンフィクション作品で日本のルポルタージュ文学に大きな影響を与えている。

北方謙三(小説家)

1947年佐賀県唐津市生まれの小説家。'70年デビュー後、'81年『弔鐘はるかなり』で注目され、ハードボイルド小説で高い評価を得た。やがて歴史小説にも転じ、『三国志』『水滸伝』など中国古典を大胆に再構成する大作で知られる。数多くの文学賞に輝き、現代日本を代表する作家の一人。

赤川次郎(小説家)

1948年福岡市生まれの小説家。'76年『幽霊列車』でデビューし〈三毛猫ホームズ〉シリーズをはじめ多数のユーモアあふれるミステリー作品を発表。著作数は650冊を超え、多くがベストセラーとなった。'80年に第7回角川小説賞、2006年に第9回日本ミステリー文学大賞、2016年に吉川英治文学賞を受賞。リアルと奇妙を兼ね備えた作風が幅広い読者に支持されている。

ねじめ正一(小説家)

1948年東京都杉並区生まれの詩人・小説家。'81年の処女詩集『ふ』で詩壇のH氏賞を受賞。'89年に小説『高円寺純情商店街』で直木賞を獲得。その後も詩、小説、絵本など幅広く手がけ、市井の人々の営みや昭和の空気をやさしく描き続けている。

糸井重里(コピーライター)

1948年群馬県前橋市生まれのコピーライター、エッセイスト、ゲームデザイナーなど。'71年コピーライターとしてデビューし、「不思議、大好き。」「おいしい生活。」などの広告で広く知られた。'98年にウェブサイト ほぼ日刊イトイ新聞 を立ち上げ、エッセーやインタビュー、オリジナル商品の発信を続けている。また、 MOTHER/EarthBound シリーズの生みの親としても国際的に知られ、多方面で文化的影響力を持つ人物。

テリー伊藤(テレビディレクターほか)

1949年生まれのテレビディレクター・プロデューサー。1973年にIVSテレビ制作に入社し、『びっくり日本新記録』などでテレビマンとしてのキャリアを始めた。「シマウマの地肌は白黒か」といった過激な企画で注目を集め、'85年にロコモーションを設立。『天才・たけしの元気が出るテレビ!!』『ねるとん紅鯨団』『浅草橋ヤング洋品店』などを手がけ、素人性と過激さを融合させた演出で'80〜'90年代のバラエティに大きな影響を与えた。近年は研究・執筆やタレント活動も行う。

野坂昭如(作家)

1930年神奈川県鎌倉市生まれの小説家・歌手・作詞家。'63年に『エロ事師たち』で小説家デビューし注目され、'67年に『火垂るの墓』『アメリカひじき』で直木賞を受賞して代表作となった。庶民の姿や戦争体験を“焼け跡闇市派”の語り口で描き、戦後文学に強い影響を残した。'97年には吉川英治文学賞、2002年には泉鏡花文学賞を受賞。歌手や作詞家、タレントとしても活動し、多彩なジャンルで活躍した。

西部邁(経済学者ほか)

1939年北海道生まれの経済学者・評論家・思想家。東京大学教養学部教授などを経て、'80年代以降は近代経済学や大衆社会、グローバリズムを批判する保守思想の論客として活躍。代表作に『ソシオ・エコノミクス』や『大衆への反逆』などがあり、伝統や慣習を重視する「保守」の立場から社会批評を展開。2018年1月、多摩川で自ら命を絶ち、78歳で逝去。思想界に大きな問いと影響を残した。

舛添要一(経済学者ほか)

1948年福岡県出身の政治家・国際政治学者。東京大学法学部を卒業後、大学教員として国際関係論を研究。'89年に大学を辞め、評論・メディア活動を経て2001年に自由民主党所属で参議院議員に初当選。2007〜2009年には厚生労働大臣を務め、高齢化社会や福祉政策に関わった。2014年に東京都知事に就任するも、2016年に公金支出問題などを機に辞職した。

大槻義彦(物理学者)

1936年宮城県出身の物理学者。早稲田大学理工学部教授などを歴任し、放射線物性や核物性の分野で研究に従事。'90年代からは、火の玉やミステリーサークルなど「超常現象」をプラズマ物理で解明しようと試み、テレビ出演や著書を通じて科学と疑似科学の境界を問い続けた。

村上春樹(小説家)

日本を代表する現代作家で、1979年『風の歌を聴け』で作家デビュー。'87年『ノルウェイの森』で大ブレーク、その後も『ねじまき鳥クロニクル』『海辺のカフカ』『1Q84』など国際的ベストセラーを連発。幻想と現実が交錯する独自の作風で世界50か国語以上に翻訳され、多くの文学賞を受賞し、世界的な人気を誇る作家である。

村上龍(小説家)

1976年に『限りなく透明に近いブルー』で芥川賞を獲得し小説家デビュー。その後、『コインロッカー・ベイビーズ』などで注目され、多作と革新的な作風で日本文学の第一線を走る。映画監督やエッセイ、社会評論でも活躍し、現代日本文化に強い影響を与えた作家。

中島らも(小説家)

1952年兵庫県尼崎市生まれの小説家・劇作家・エッセイスト。本名は中島裕之。広告代理店勤務の後、コピーライターやラジオ・脚本業などを経て活躍。'84年からの「明るい悩み相談室」連載で注目を浴び、'92年『今夜、すべてのバーで』で 吉川英治文学新人賞、'94年『ガダラの豚』で 日本推理作家協会 長編賞を受賞した。演劇、落語、音楽バンド活動まで幅広く手がけた。2004年7月に52歳で急逝。

林真理子(小説家)

1954年山梨県生まれの小説家・エッセイスト。コピーライター経験を経て'82年にエッセイ集『ルンルンを買っておうちに帰ろう』で作家デビュー。'86年『最終便に間に合えば』『京都まで』で直木賞を受賞し以後も多くの小説・エッセイを発表。'98年には吉川英治文学賞、2020年に菊池寛賞などを受け、日本文学界で長年にわたって大きな存在感を放っている。

田中康夫(小説家)

1956年東京都生まれの小説家・元政治家。'80年に『なんとなく、クリスタル』で文藝賞を受賞し、作家デビュー。2000〜2006年に長野県知事を務め、その後は参議院・衆議院議員としても活動。執筆・評論活動を続けつつ、社会・政治の問題提起にも関わってきた人物。

上田三根子(イラストレーター)

1949年埼玉県出身のイラストレーター。セツ・モードセミナー修了後、ポップで親しみやすい画風で雑誌や広告、書籍装丁、絵本など幅広く活動。代表作として、ハンドソープ キレイキレイ のパッケージキャラクターや、ゲーム ぼくのなつやすみ シリーズのキャラクターデザインがある。広告・編集イラストだけでなく、装画やゲーム・映像関連など多ジャンルで活躍し、日本の商業イラスト界で確固たる地位を築いている。

森本美由紀(イラストレーター)

1959年岡山県津山市生まれのファッション・イラストレーター。'79年にセツ・モードセミナーで学びつつ在学中にデビューし、雑誌『Olive』『mc Sister』『an・an』『VOGUE日本版』などで活躍。'90年代以降は墨と筆による洗練されたモノクロームのスタイル画で人気を博し、ファッション誌だけでなくCDジャケットや広告など多方面で影響力を持った。2013年に54歳で没したが、その卓越した線の美学は今も強く支持されている。

ナンシー関(版画家、コラムニスト)

1962年青森県青森市生まれの消しゴム版画家・コラムニスト。本名は関直美。大学中退後、1980年代半ばに「消しゴム版画+コラム」という独自スタイルでデビューし、テレビや芸能界を辛辣かつユーモラスに批評。鋭い観察眼と独特の版画で多くの支持を集めた。2002年、39歳で急逝したが、作品と批評は今なお影響を与え続けている。

大石静(脚本家ほか)

1951年東京生まれの脚本家・エッセイスト。'86年に『水曜日の恋人たち』でテレビ脚本家としてデビュー。以降、『わたしってブスだったの?』『ふたりっ子』『功名が辻』『セカンドバージン』『家売るオンナ』『大恋愛〜僕を忘れる君と〜』など多くの人気ドラマを手がけた。'97年には向田邦子賞と橋田賞をW受賞。2021年には旭日小綬章を受章し、現在もテレビドラマ界で第一線で活躍している。

芳村真理(モデル、司会者ほか)

1935年東京生まれの元モデル・女優・タレント。若くしてファッションモデルとして活躍し、'60年代からは映画女優として約80本に出演。司会業でも活躍し、人気番組「ラブラブショー」や「料理天国」、'68年からは約20年間にわたり老舗の音楽番組「夜のヒットスタジオ」の司会も務め、「日本の女性司会者の草分け」と呼ばれる存在になった。2025年現在はNPO法人MORIMORIネットワークの副代表として、環境保護や林業振興などにも取り組んでいる。

阿川佐和子(エッセイストほか)

1953年東京都生まれのエッセイスト・作家・インタビュアー。大学卒業後、TBSなどでキャスターを務めたのち執筆活動に転じた。代表作に『ああ言えばこう食う』(講談社エッセイ賞)や小説『ウメ子』(坪田譲治文学賞)、『婚約のあとで』(島清恋愛文学賞)などがある。また、インタビュー連載「この人に会いたい」では多くの著名人に取材し、その鋭い観察眼と軽妙な語り口で支持され続けている。

田原総一朗(ジャーナリスト)

1934年滋賀県生まれのジャーナリスト。'60年に早稲田大学卒業後、テレビ東京(旧・東京12チャンネル)で番組制作に携わり、'77年からフリーに転じた。以来、「朝まで生テレビ!」 や 「サンデープロジェクト」などのテレビ番組司会を通じ、日本のテレビジャーナリズムに大きな影響を与えてきた。'98年には戦後の放送ジャーナリストの代表として 城戸又一賞 を受賞し、今日まで現役で報道と論評を続けている。

筑紫哲也(ジャーナリスト)

1935年大分県生まれのジャーナリスト・ニュースキャスター。'59年に朝日新聞に入社し政治部記者やワシントン特派員などを経た後、雑誌朝日ジャーナルの編集長などを務めた。'89年から筑紫哲也NEWS23でメインキャスターとなり、日本のテレビ報道の顔として知られた。2008年に肺がんで亡くなり、民放ニュース界に大きな影響を残した。

利根川裕(作家ほか)

1927年新潟県糸魚川市生まれの作家・元編集者・テレビ司会者。東京大学卒業後に教育者や出版社勤務を経て、'66年に小説『宴』で作家デビュー。'80〜'94年にはテレビ朝日の深夜番組トゥナイトの司会を務め、落ち着いた語り口で人気を博した。執筆では『それぞれの方舟』で日本文芸大賞も受賞。2024年1月29日に96歳で亡くなり、日本の文芸とマスメディアに長年にわたり影響を残した。

櫻井よしこ(ジャーナリストほか)

1945年ベトナム・ハノイ生まれのジャーナリスト。'70年代から報道記者として活動し、'80〜'96年は 日本テレビ のニュース番組キャスターを務めた。'95年に著作『エイズ犯罪 血友病患者の悲劇』で 大宅壮一ノンフィクション賞 を、'98年に著作『日本の危機』で 菊池寛賞 を受賞。2007年には 国家基本問題研究所 を設立し理事長に就任し、外交・憲法・安全保障などを主題に言論活動を続けている。

小倉智昭(アナウンサーほか)

1947年秋田県出身のアナウンサー・司会者。大学卒業後、旧・東京12チャンネル(現テレビ東京)に入社し競馬実況などを担当。'76年フリー転向し、テレビ・ラジオで幅広く活躍した。'99年から始まった情報プレゼンター「 とくダネ! 」ではメインキャスターを22年間務め、朝の顔として多くの視聴者に親しまれた。2024年12月9日、膀胱がんのため77歳で死去。報道番組の草分け的司会者として日本のテレビ界に大きな足跡を残した。

小林完吾(アナウンサーほか)

アナウンサー、ニュースキャスター、司会者、ジャーナリスト。1960年に南日本放送入社、'63年に日本テレビへ移籍。『NNNきょうの出来事』のメインキャスターとして歯切れの良い語り口と低音の名調子で人気を博し、日テレを代表する存在となった。'83年、徳光和夫と組んだ「おもしろまじめ放送局」キャンペーンで全国的知名度を獲得。'92年に定年退職後はフリーとして活動した。

みのもんた(アナウンサーほか)

1944年東京都出身のフリーアナウンサー兼司会者。'67年に文化放送に入社し、'69年に「セイ!ヤング」などで人気を得た。その後フリー転向し、'89年の「午後は○○おもいッきりテレビ」や、2005年〜2013年の「みのもんたの朝ズバッ!」など多数の情報番組で“朝の顔”を務めた。2006年には「1週間で最も多く生番組に出演する司会者」としてギネス世界記録に認定された。長年にわたり多くの人気番組を支え、情報番組のスタイルに大きな影響を与えた。

福留功男(アナウンサーほか)

1942年高知県出身のフリーアナウンサー・司会者。'66年に日本テレビへ入社し報道記者としてスタート。'77年の史上最大!アメリカ横断ウルトラクイズ!!で人気を集め、'88年から朝の情報番組ズームイン!!朝!の総合司会を務めて人気司会者となった。'91年に日テレを退社してフリーに転向。その後、報道番組ブロードキャスターなどでも司会を務め一時代を築いた。

石井苗子(キャスターほか)

1954年東京都生まれの女優・キャスター・保健学者・政治家。'80年~'90代に放送キャスターや映画女優として活動し、後に看護師・保健師資格を取得。東京大学大学院で保健学博士号を取得し、ヘルスケア分野でも活躍。2016年に参議院議員に当選し、2025年現在は日本維新の会所属で政治活動に携わっている。

高市早苗(キャスターほか)

1984年に神戸大学経営学部を卒業し、松下政経塾に入塾。'87〜'89年に米国で議会フェローとしての経験を積み、帰国後はテレビキャスターとして活動した。'93年に衆議院議員に初当選し、政治家への道を本格的に歩み始める。第1次安倍内閣で内閣府特命担当大臣として初入閣した後、麻生内閣やその後の安倍内閣でも要職を歴任し、2025年10月、憲政史上初の女性総理大臣として就任した。

小宮悦子(キャスターほか)

1958年東京都生まれ。'81年にテレビ朝日に入社し、'85年から報道番組ニュースステーションの初代サブキャスターとして人気を得た。'91年に退社後フリーに転向し、'98年からスーパーJチャンネルのメインキャスターとして夕方ニュースを12年にわたり担当した。以来多数のニュース・報道番組で活躍した。

小池百合子(キャスターほか)

1952年兵庫県芦屋市生まれ。'71年から'76年頃までエジプト・カイロに暮らした後に帰国し、"カイロ大学を首席で卒業"の経歴をひっさげてニュースキャスターとなる。'92年に政界入り。環境大臣、防衛大臣などを歴任し、2016年から東京都知事に就任。2025年現在、都知事として3期目を務める。

田丸美寿々(キャスターほか)

1952年生まれのニュースキャスター・元テレビアナウンサー。フジテレビに'75年に入社し、'78年に女性として初めて主要ニュース番組のキャスターに抜擢された。'83年にフリーに転身し、民放各局の報道番組で活躍。'94年から約16年間、TBS系列「JNN報道特集」でメインキャスターを務め、女性報道キャスターの草分け的存在として知られた。

蓮舫(キャスターほか)

1967年東京都生まれ。'80年代から'90年代にかけてタレント・報道キャスターとして活動後、2004年に参議院議員に初当選、その後 2010〜12年に行政刷新担当大臣などを歴任。2016年には日本の主要野党である 民主党 の初の女性党首となった。その後も子育て支援や行政改革などを政策の柱に、2025年現在は 立憲民主党 所属の参議院議員として活動している。

安藤和津(エッセイストほか)

1948年東京都生まれのエッセイスト・タレント。上智大学在学後イギリスに留学し、帰国後はニュースキャスターとしてデビュー。'79年に俳優の奥田瑛二と結婚し、娘には監督の安藤桃子、女優の安藤サクラがいる。多数のテレビ・ラジオ番組に出演し、主に女性の生き方、子育て、家庭、介護、食などをテーマにエッセイや講演活動を行ってきた。自身の介護経験を通じた著書もあり、幅広い世代に支持されている。

小沢遼子(評論家ほか)

1937年東京都生まれの社会評論家・元政治家。'71年から浦和市議を3期、続いて埼玉県議を1期務め、地方議会で活動。政界引退後は評論家としてテレビ出演や著作で社会問題を鋭く論じ、「辛口コメンテーター」として知られる。

南美希子(アナウンサーほか)

1956年東京都出身の元テレビ朝日アナウンサーで、'77年入社。'86年にフリーとなり、司会・コメンテーター・エッセイストとして活躍。美容・健康や女性の生き方をテーマに執筆や講演も行い、日本抗加齢協会アンバサダーとしても知られる。

檀ふみ(女優ほか)

1954年東京都練馬区生まれの女優でエッセイスト。父は作家 檀一雄 。'72年に女優デビューし映画やテレビで活躍する一方、エッセイでも高い評価を得た。'99年の共著『ああ言えばこう食う』で 講談社エッセイ賞 を受賞。演技・文筆の両面で長年にわたり幅広く活躍している。

神津カンナ(作家ほか)

1958年東京都生まれの作家・エッセイスト・コメンテーター。'77年に渡米し演劇を学んだ後、'80年の『親離れするとき読む本』で作家デビュー。以降『美人女優』など多数の著書を発表し執筆活動を続ける。テレビ・ラジオ出演や講演、公的機関での審議委員就任など多方面で活動し、2000年からは本名である「神津十月」と表記。現在も社会や家族論に関する論考で知られる。

丸川珠代(アナウンサーほか)

1971年兵庫県生まれ。'93年、テレビ朝日にアナウンサーとして入社。報道・情報番組などでキャスターを務め人気を得る。2007年に退社し、同年の参議院選挙(東京選挙区)で当選し政界入り。以後、参議院議員として複数回再選され、政務官や委員長、党女性局長などを歴任。2015年には安倍内閣で環境大臣に就任し、2016年・2021年には東京オリンピック・パラリンピック競技大会担当相も務めた。

田嶋陽子(大学教授ほか)

1941年岡山県生まれ。英文学・女性学の研究者として出発し、'76年に法政大学の教授に就任、社会における性差やジェンダーの問題に取り組んだ。 '90年代からはテレビ出演を通じてフェミニズムや社会問題を鋭く論じ、文化人・論客として広く知られるようになる。2001年には参議院議員に当選し、政治家としても活動。 2025年現在は歌手(シャンソン)、アート作家としても活動し、多面的な表現で社会と関わり続けている。

木元教子(ジャーナリストほか)

1932年北海道生まれの元テレビ報道キャスター、現ジャーナリスト・評論家。立教大学法学部卒業後、'56年にTBS(当時ラジオ東京)へ入社。ニュースキャスターや情報番組司会などを経てフリーへ。以降、エネルギー・環境政策、女性問題、教育、高齢社会、農業などをテーマに評論・執筆・講演など幅広く活動。政府関連の委員も務め、エネルギー政策論議に関与。「原子力の平和利用」を提唱する立場で知られる。

家田荘子(ノンフィクション作家ほか)

ノンフィクション作家であり、高野山真言宗の僧侶。'85年にデビューし、'91年に「大宅壮一ノンフィクション賞」を『私を抱いてそしてキスして ― エイズ患者と過ごした一年の壮絶記録』で受賞。代表作に『極道の妻たち』をはじめとして社会の裏側や弱者の声に光を当てた作品が多く、映像化されたものも多い。2007年に僧侶の資格を得て法話も行い、現在も作家・僧侶として多面的に活動している。

小池聡行(実業家)

1963年大阪府高槻市生まれのタレント・作家。桐朋学園短大の演劇専攻を経て'84年にテレビ朝日「ウイークエンドシアター」で映画解説者として芸能界デビューした。その後、バラエティや情報番組、コメンテーター、執筆など多方面で活動を続け、小説やエッセイ集を発表。'92年に一時期宗教団体に関与し表舞台から退いたが、その後脱会して復帰。現在は映画好きとしても知られ、評論や執筆活動を続けている。

小林克也(ラジオDJほか)

広島県福山市出身の日本のラジオDJ、ナレーター、タレント、俳優。1970年代からDJ界の第一人者として活躍し、『ベストヒットUSA』など多くの番組で洋楽紹介を行い“ミスター音楽”と呼ばれることもある。

吉田照美(タレントほか)

東京都葛飾区出身の日本のフリーアナウンサー・タレント。文化放送の人気パーソナリティーとして「やる気MANMAN!」など多数の番組を担当し、退社後はテレビ司会や俳優、アーティスト活動でも活躍している。2025年に体調不良で一時入院・療養した。

おすぎとピーコ(タレントほか)

1975年デビューの一卵性双生児の兄弟タレントで、弟のおすぎは映画評論家、兄のピーコは服飾評論家としてテレビやラジオで活躍。辛口トークと個性で人気を博し、日本のメディア文化に影響を与えた。ピーコは2024年に死去した。

稲川淳二(怪談家ほか)

東京都渋谷区出身の俳優・工業デザイナー・怪談家。ラジオやテレビで人気を博し、独特の怪談語りで知られ、全国ツアー「怪談ナイト」などで幅広く活動している。1996年にグッドデザイン賞受賞。

鬼沢慶一(芸能ジャーナリスト)

芸能ジャーナリスト・評論家で、テレビ・ラジオの芸能リポーターの草分け的存在。「モーニングジャンボ」などで活躍し辛口取材で「鬼の鬼澤」の異名を取り、2001年参院選に出馬したが落選、89歳で没した。

宮尾すすむ(レポーターほか)

旧満州生まれのタレント、司会者、レポーター。『スターどっきり(秘)報告』や『モーニングショー』の「宮尾すすむのああ日本の社長」で人気を博し、テレビやドラマ、映画でも活躍した。77歳没。

前田忠明(芸能リポーター)

北海道岩見沢市出身の日本の芸能リポーター。『おはよう!ナイスデイ』や『情報プレゼンター とくダネ!』などで長くフジテレビの情報番組に出演し、芸能界の話題を伝えて親しまれた。愛称は「前忠」。2020年まで活動し、81歳で没した。

井上公造(芸能リポーター/雑誌編集長)

福岡市出身の日本の元芸能リポーター、雑誌編集長、スポーツ新聞記者。1986年に芸能リポーターに転身し、長年ワイドショーで活躍、独立後はKOZOクリエイターズを設立、取材・番組出演で幅広く活動した。2022年にリポーターを引退した。

東海林のり子(芸能リポーターほか)

埼玉県浦和市出身の日本の芸能リポーター・フリーアナウンサー。1957年ニッポン放送入社後、フリーとしてフジテレビのワイドショーで事件リポーターとして活躍し「現場の東海林です」の名台詞で知られる。その後コメンテーターや講演活動も行い、長年メディアで活躍している。

生島ヒロシ(アナウンサーほか)

宮城県気仙沼市出身の日本のフリーアナウンサー、タレント、司会者、芸能プロモーター。TBSアナ出身でラジオ番組「生島ヒロシのおはよう定食/一直線」などで長年人気を博し、事務所「生島企画室」創業者としても活躍したが、2025年に活動を無期限自粛した。

福岡翼(芸能リポーター)

芸能リポーター・映画評論家。早稲田速記学校卒業後「女性セブン」編集を経て、ワイドショーでリポートやコメントを担当し、日刊スポーツ映画大賞選考委員も務めた。79歳没。

いとうせいこう(タレント・ラッパー・小説家・俳優)

東京都出身の作家・クリエイターで、小説『ノーライフキング』でデビューし、『ボタニカル・ライフ』『想像ラジオ』で文学賞を受賞。編集者、ラッパー、俳優としても多方面に活動し、日本語ラップ文化の先駆者の一人としても知られる。

俵万智(歌人)

大阪府出身の歌人。早稲田大卒、『サラダ記念日』で短歌を現代に蘇らせ大ベストセラーにし、角川短歌賞・現代歌人協会賞など受賞。翻訳・評論・エッセイでも活躍している。

吉本ばなな(小説家)

東京都出身の日本の小説家。1987年『キッチン』でデビューし、『ムーンライト・シャドウ』『TUGUMI』などで泉鏡花賞など多数受賞、現代日本文学を代表する作家として国内外で評価されている。

椎名誠(エッセイスト)

東京都世田谷区出身の作家・エッセイスト。1979年『さらば国分寺書店のオババ』でデビューし、紀行・エッセイ・小説・写真集など多数の著作を持ち、SF大賞や吉川英治文学新人賞受賞など多方面で評価される文筆家である。

竹村健一(評論家)

大阪市出身の日本のジャーナリスト・政治評論家。京都大学卒、米国留学後、新聞記者や大学助教授を経て評論家としてテレビ・ラジオで活躍し、保守的視点で時事を斬る言論活動を展開した。

俵孝太郎(ジャーナリスト)

東京都出身の日本のジャーナリスト、ニュースキャスター、政治評論家。産経新聞政治部記者、論説委員を経て文化放送・フジテレビのニュースキャスターとして活躍し、独立後はテレビ討論番組や評論活動で辛口論評を展開した。名物挨拶「こんばんは、俵孝太郎です」で親しまれた。

栗本慎一郎(経済学者ほか)

東京出身の経済人類学者・評論家・作家・政治家。明治大教授、衆議院議員を務め、独自の思想と著作で知られ、『パンツをはいたサル』など多くの著書を発表しテレビにも出演した文化人。

ピーター・バラカン(ブロードキャスターほか)

1951年ロンドン生まれのブロードキャスター・音楽評論家。'74年に来日後、音楽出版社を経てフリーに転じ、ラジオ番組「バラカン・ビート」「ウィークエンド・サンシャイン」などで洋楽やワールドミュージックを紹介。さらにテレビ番組や著書『ロックの英詞を読む〜世界を変える歌』『魂(ソウル)のゆくえ』などを通じて音楽の歴史や歌詞の深い意味を伝える活動も行っている。近年は自身がキュレーターを務める音楽フェスを主催し、世界中から良質なミュージシャンを招くなど「音楽の伝道師」としても知られている。

川崎徹(CMディレクター)

東京都出身の日本のCMディレクター。電通映画社などで広告制作に携わり、富士フイルム「それなりに」など多数のヒットCMや流行語を生んだほか、小説や演出活動も行う。妻は元フジテレビアナウンサーの桜井郁子。

ケント・デリカット(タレントほか)

1955年カナダ・アルバータ州レスブリッジ生まれの外国人タレント。'74年に宣教師として初来日後、'83年に再来日し、'84年に笑っていいとも!の「なるほど・だ・ニッポン」でデビュー。凸レンズの丸メガネを使ったユーモアあふれるキャラクターで一躍人気者となった。テレビ番組やCM出演のほか著書『パパになる!』などもあり、日本文化と外国人の視点を交えた発信で親しまれた。'90年代以降はアメリカ・ユタ州に拠点を移し、自身の制作会社を通じて映像制作や講演活動を行うなど、マルチに活躍を続けている。

泉麻人(コラムニストほか)

東京都出身の作家・コラムニスト・気象予報士。『週刊TVガイド』編集を経てフリーになり、東京や昭和文化を題材に多くのエッセー・著書を発表し、テレビ出演やコメンテーターとしても活躍している。

中谷彰宏(作家ほか)

1959年大阪府生まれの作家・講演者。博報堂でCMプランナーとして活動後'91年に独立し「中谷彰宏事務所」を設立。ビジネス書、自己啓発書、恋愛・人間関係論など多ジャンルの著作を多数執筆し、『面接の達人』などのベストセラーで知られる。さらに「中谷塾」を主宰し、全国で講演・ワークショップを行うなど、ビジネス・自己啓発分野の第一線で活動し続けている。

山本益博(料理評論家)

東京都出身の料理評論家・落語研究家。1982年『東京・味のグランプリ』で料理評論家の草分けとなり、著述・TV出演・講演で日本の食文化に影響を与え、フランス政府より農事功労勲章を受勲した。

相澤秀禎(サンミュージック創業者)

実業家・芸能プロモーターで、サンミュージックプロダクションを1968年に創設。松田聖子や桜田淳子など多くのスターを育て「アイドル発掘王」と称され、温かいマネジメントで業界に影響を残した。

ジャニー喜多川(ジャニーズ事務所創業者)

米ロサンゼルス生まれの日本の芸能プロモーター・実業家で、1962年にジャニーズ事務所を創設し、SMAPや嵐ら多数の男性アイドルを育成しJ-POP界に大きな影響を与えた人物。晩年には所属者への性的虐待疑惑が長年問題となった。

黒柳徹子(テレビ司会者ほか)

女優・タレント・司会者・エッセイスト。1953年からテレビ出演を続け、長寿番組『徹子の部屋』の司会でギネス記録を持ち、児童書『窓ぎわのトットちゃん』で世界的な人気を得るなど多方面で活躍し、ユニセフ親善大使も務める。

久米宏(テレビ司会者ほか)

埼玉県出身の日本のフリーアナウンサー、ニュースキャスター、ラジオパーソナリティ、タレント。TBS退社後『ザ・ベストテン』『ニュースステーション』の司会・メインキャスターを務め、報道や情報番組で長年活躍し、書籍・ネット番組でも活動する。

倉本聰(脚本家・演出家)

東京都渋谷区出身の日本の脚本家・劇作家・演出家。『前略おふくろ様』『北の国から』『優しい時間』など多くの名作ドラマを手がけ、富良野塾で後進を育成、紫綬褒章・旭日小綬章を受章した。

横澤彪(日本テレビプロデューサー)

テレビプロデューサー。フジテレビで『オレたちひょうきん族』『笑っていいとも!』『THE MANZAI』などを手掛け、お笑い番組の礎を築き、退社後は吉本興業の役員として東京進出を支えた。群馬県前橋市出身。

田邊昭知(元音楽家ほか)

東京都出身の芸能プロモーター・放送作家で、かつてグループ・サウンズ「田辺昭知とザ・スパイダース」のリーダー兼ドラマーとして活動。1973年に田辺エージェンシーを設立しタモリや研ナオコらを育て、芸能界の重鎮として長年影響力を持つ。2025年現在は同社会長も務める。

三谷幸喜(脚本家ほか)

東京都出身の劇作家・脚本家・映画監督・俳優。劇団「東京サンシャインボーイズ」主宰を経て、『古畑任三郎』『王様のレストラン』などの脚本、映画『ラヂオの時間』『THE 有頂天ホテル』などの監督作で人気を博し、コメディを中心に幅広く活躍する文化人。受賞多数。

秋元康(放送作家ほか)

東京都出身の作詞家・音楽プロデューサー・放送作家。1980年代に作詞家として成功し、後にAKB48や坂道シリーズを総合プロデュース。日本のアイドル文化を革新した存在で、ドラマ・映画・舞台企画など幅広く活動している。

小川宏(司会者)

1926年東京都生まれのアナウンサー・司会者。NHKでのニュースやクイズ番組『ジェスチャー』司会を経て'65年にフリーとなり『小川宏ショー』の司会に就任。以降17年間にわたり放送され、4451回の出演で“朝の顔”となった。ワイドショーの草分け的番組を牽引し、以後の日本のテレビ・報道番組のスタイルに大きな影響を与えた。

徳光和夫(司会者)

東京都出身のフリーアナウンサー・タレント。日本テレビのアナウンサーとしてニュース・バラエティを幅広く担当し、退社後も長年『ズームイン!!朝!』『世界まる見え!テレビ特捜部』などで人気を博した。親しみやすいキャラクターで多くの番組に出演している。

関口宏(司会者)

東京都出身の俳優・タレント・司会者・ニュースキャスター・作詞家。1963年に俳優としてデビューし、『クイズ100人に聞きました』『東京フレンドパーク』『サンデーモーニング』など多くの番組で司会を務め、長年テレビ界を牽引する人気MCとして活躍している。

草野仁(司会者)

福岡県出身のフリーアナウンサー・司会者。NHK記者・キャスターを経て独立し、『日立 世界・ふしぎ発見!』の司会を長年務め知名度を高めた。知的で安定感ある進行で幅広い世代に親しまれている。

古舘伊知郎(アナウンサーほか)

1954年東京都生まれのアナウンサー、司会者、キャスター。'77年に テレビ朝日 に入社し、プロレス実況で「古舘節」と呼ばれる独特の語り口を確立。'84年にフリーとなり、F1中継やバラエティ、歌番組など多ジャンルでMC/司会を担当。2004年から約12年間、報道番組 報道ステーション のメインキャスターを務め、ニュースキャスターとしても著名に。2025年現在はトークライブ「トーキングブルース」など“しゃべり手”として幅広く活動中。

逸見政孝(司会者)

大阪出身のフリーアナウンサー・テレビ司会者・タレント。元フジテレビの人気アナで『FNNスーパータイム』『たけし・逸見の平成教育委員会』など司会で活躍し、「いっつみい」の愛称で親しまれた。1993年胃癌により惜しまれつつ48歳で逝去した。

楠田枝里子(司会者)

三重県伊勢市出身のフリーアナウンサー・タレント・テレビ司会者・エッセイスト。元日本テレビアナウンサーで『おしゃれ』や『なるほど!ザ・ワールド』『世界まる見え!テレビ特捜部』などを司会し、科学・文化紹介や執筆でも活躍する。

鈴木清順(映画監督)

映画監督・俳優で、日活で独自の映像美を持つヤクザ映画など多数の作品を手掛け、「清順美学」と評される独特のスタイルでカルト的評価を得た。独立後も『ツィゴイネルワイゼン』などで高い評価を受け、国内外に影響を与えた。

大島渚(映画監督)

映画監督・脚本家で、戦後のニューウェーブ日本映画 を代表する一人。「感傷旅行」や「愛のコリーダ」など挑発的で実験的な作品で知られ、1978年にはカンヌ国際映画祭で監督賞も受賞した。

伊丹十三(映画監督)

京都出身の映画監督・俳優・脚本家・エッセイスト。本名は池内義弘。多才な表現者として商業デザインや執筆もこなし、1984年『お葬式』で監督デビューし、『タンポポ』『マルサの女』などの名作を生み出した。映画界に大きな影響を与えた。

大林宣彦(映画監督)

広島県尾道市出身の映画監督・脚本家で、1977年『HOUSE/ハウス』で劇場デビュー。『転校生』『時をかける少女』など“尾道三部作”で知られ、独自の映像美と平和へのメッセージを持つ作品を多数手掛けた。紫綬褒章・旭日小綬章受章の巨匠。

森田芳光(映画監督)

映画監督・脚本家。1981年『の・ようなもの』で注目され、『家族ゲーム』『それから』『失楽園』などで時代の空気を鋭く映し出した。娯楽性と実験性を併せ持つ演出で日本映画に新風を吹き込んだ。

蜷川幸雄(演出家)

埼玉県川口市出身の演出家・劇作家・映画監督で、日本を代表する舞台演出家としてシェイクスピアやギリシャ悲劇など多彩な作品を国内外で演出し、“世界のニナガワ”と称され、文化勲章など多数受章した。

すぎやまこういち(作曲家ほか)

東京都出身の作曲家・編曲家。CM音楽や歌謡曲で活躍後、テレビ番組『題名のない音楽会』司会で知られる。ゲーム『ドラゴンクエスト』シリーズの音楽を手がけ、日本のゲーム音楽文化を確立した人物として高く評価される。

服部克久(作曲家)

東京都出身の作曲家・編曲家。服部良一の長男。映画・テレビ・CM音楽から歌謡曲、交響作品まで幅広く手がけ、『料理の鉄人』の音楽でも知られる。クラシックとポピュラーを架橋した存在として日本の音楽界に大きな足跡を残した。

久石譲(作曲家)

長野県出身の作曲家・指揮者。本名は藤澤守。ミニマル音楽を基盤に独自の旋律美を築き、宮崎駿監督作品『風の谷のナウシカ』『となりのトトロ』などの音楽で国際的評価を得た。映画・舞台・交響作品まで幅広く活動している。

井上堯之(音楽家)

東京都出身の作曲家・編曲家・指揮者。1961年から'70年まで一世を風靡した老舗GSバンド、ザ・スパイダースのギター奏者で、解散後は短期間、沢田研二や萩原健一らとともにPYGに参加、その後井上堯之バンドを結成。沢田研二と活動するとともに、優れた音楽性で映画・テレビ・CM音楽まで幅広く活動し、ジャズやポップスの要素を取り入れた多彩な作品を手掛けた。日本の映像音楽界で幅広い影響力を持つ音楽家である。

大野克夫(音楽家ほか)

東京都出身の作曲家・編曲家で、元ザ・スパイダースのキーボード奏者。ジャズやロックを基調とした高い音楽性で、全盛期の沢田研二を支えた井上堯之バンドのキーボードと作曲家としても活動した。テレビアニメ『名探偵コナン』の音楽も長年担当し、映画・ドラマ・CMなど幅広い分野で活躍し、日本の映像音楽を代表する存在である。

筒美京平(作曲家)

東京都出身の作曲家・編曲家。1960年代から80年代にかけて数多くのヒット歌謡曲を手がけ、松田聖子やピンク・レディーなど人気歌手の楽曲で日本のポップス界に絶大な影響を与えた。

松本隆(作詞家)

東京都出身の作詞家。ピンク・レディー、松田聖子、中森明菜など多くのヒット曲を手がけ、1970~'80年代の日本ポップスを代表する存在。音楽ユニット「ファンキー・カミング・マスターズ」でも活動した。

売野雅勇(作詞家)

東京都出身の作詞家。チェッカーズ、中森明菜、小泉今日子など多くのヒット曲を手がけ、1980~'90年代の日本ポップスシーンで重要な役割を果たした。エモーショナルでメロディアスな詞作りで知られる。

コシノヒロコ(ファッションデザイナー)

京都府出身のファッションデザイナー。三姉妹デザイナーの長女で、1960年代からパリコレに参加。独創的かつ華やかなデザインで国内外のファッション界に影響を与え、日本のモードを世界に広めた先駆者である。

ワダ・エミ(衣装デザイナー)

東京都出身のファッションデザイナー。モード界で活動し、1970年代から日本のオートクチュールや舞台衣装、映画衣装の制作で活躍。独自の色彩感覚とデザインで国内外に影響を与えた先駆的デザイナー。

篠山紀信(写真家)

東京都出身の写真家。広告写真や雑誌撮影から芸能人ポートレートまで幅広く手掛け、被写体の個性を引き出す大胆で革新的な作風で知られる。日本の現代写真界を代表する写真家の一人である。

加納典明(写真家)

1942年愛知県名古屋市生まれの写真家。'60年代からフリーカメラマンとして活動を始め、'69年に雑誌『平凡パンチ』でのニューヨーク特集や個展「FUCK」で脚光を浴びた。その後も広告写真、雑誌、写真集などで精力的に作品を発表し、社会の風俗やヌード表現を通じて日本の写真界に強い影響を与えた。

浅葉克己(アートディレクター)

東京都出身のグラフィックデザイナー・アートディレクター。企業広告、パッケージデザイン、ポスターなど幅広く手がけ、独創的かつ遊び心あるデザインで日本のグラフィック界に影響を与えた。文化功労者・紫綬褒章受章者。

山本耀司(ファッションデザイナー)

京都府出身のファッションデザイナー。パリコレに参加し独自の黒を基調とした前衛的デザインで世界的に評価され、国内外でブランドを展開。日本のモード界を代表する先駆者として知られる。

川久保玲(ファッションデザイナー)

東京都出身のファッションデザイナー。1973年に「コム・デ・ギャルソン」を設立し、前衛的で構築的なデザインで世界的評価を獲得。パリコレ常連で、日本のモード界に革新をもたらした先駆者である。

坂東玉三郎 (5代目)

1957年に幼くして初舞台を踏み、'64年に「五代目 坂東玉三郎」を襲名。歌舞伎にとどまらず、映画・現代舞台・国際的な舞踊など多ジャンルで活躍。2012年に「重要無形文化財保持者(人間国宝)」に認定され、その芸は国内外で高く評価されている。

安西水丸(イラストレーター)

長野県出身のイラストレーター・漫画家・エッセイスト。広告・書籍・雑誌の挿絵で活躍し、柔らかくユーモラスな画風で知られる。水木しげるらと交流し、装丁や絵本制作でも高い評価を受けた。

ペーター佐藤(イラストレーター)

神奈川県横須賀市出身の日本を代表するイラストレーター。ミスタードーナツのパッケージやユニバーシアード神戸大会ポスター、ファッション誌表紙など多彩な仕事で知られ、1970年代はエアブラシ、'80年代以降はパステルによる温かみある人物画で人気を博した。'86年に原宿に「Pater’s Shop & Gallery」を開き、個展も海外で開催された。没後も作品は高い評価を受けている。

南伸坊(編集者ほか)

東京都出身のイラストレーター・漫画家・エッセイスト。独特のユーモラスで温かみのある作風で雑誌や書籍、広告など多方面で活躍。評論やエッセイ執筆も行い、日本のポップカルチャーに幅広く影響を与えた。

梨本勝(芸能リポーター)

法政大学卒。1968年に雑誌記者としてデビュー後、'76年にテレビの芸能リポーターに転身。「恐縮です!」の決めゼリフとともに突撃インタビューで数々のスクープを報じ、芸能リポーターという職業の草分け的存在となった。テレビ、ラジオ、雑誌など幅広く活躍し、芸能ニュース文化に大きな影響を与えた。2010年、肺がんで65歳で逝去。

Mr.マリック(マジシャン)

マジシャン、超魔術師。1988年、日本テレビ系『11PM』出演を機にテレビ界で注目を集める。翌年には『木曜スペシャル』で単独特番が放送され高視聴率を記録。「超魔術」「ハンドパワーです」「きてます!!」の決め台詞で一大ブームを巻き起こした。同年は『アメリカ横断ウルトラクイズ』やNHK紅白歌合戦にも出演し、海外番組や児童誌でも特集されるなど社会現象的な人気を博した。

宜保愛子(霊能者)

1932年神奈川県生まれの霊能者・タレント。'80年代後半から'90年代にかけて多数の心霊番組や雑誌で活躍し、著書も多数刊行して一大ブームを巻き起こした。代表作に『宜保愛子の死後の世界』などがあり、霊視による守護霊の存在や死後の世界論を広く一般に紹介した。しかし'90年代半ば以降、霊能力を巡る批判やメディアの変化で露出が減少。2003年、胃がんで71歳で亡くなった。

韮澤潤一郎(出版社経営)

1945年新潟県生まれの実業家で、出版社たま出版の社長・編集長。自身を「UFO・超常現象研究家」と称し、70年代から雑誌・テレビ・著作を通じてUFOや宇宙人、超常現象について発信を続けてきた。'95年には「UFO党」から比例代表で参議院選挙に立候補したが落選した。また著書に『宇宙人はなぜ地球に来たのか』などがあり、社会の主流からは異色とも言える視点で議論を続けている。

山本晋也(映画監督)

1939年東京・神田生まれの映画監督、タレント、俳優、リポーター。'65年に「狂い咲き」で監督デビューし、その後はピンク映画を中心に多数の作品を発表。'81年から出演したテレビ深夜番組トゥナイトシリーズでは、“すごいですねぇ”“ほとんどビョーキ”といった独特の語り口で人気を博し、以降も俳優やコメンテーターとして幅広く活躍した。映画監督だけでなく社会問題にも関心を持ち、'90年代以降はエイズやハンセン病、原発事故、震災などへの取材・啓発活動にも取り組んだ。

青木功(プロゴルファー)

熊本県出身のプロゴルファー。国内外で通算50勝以上を挙げ、日本ゴルフ界を代表する存在。特に1978年のアジア・パシフィック選手権や'83年のマスターズ参戦で注目され、技術と精神力で世界に通用する日本人プレーヤーとして評価された。引退後も指導者や解説者としてゴルフ界に貢献。

岡本綾子(プロゴルファー)

大阪府出身の女子プロゴルファー。1971年にプロ入りし、国内外で数多くの優勝を重ね、日本女子プロゴルフ界を牽引。'78年に全米女子オープンでアジア人初の優勝を達成し、海外メジャーでの活躍でも知られる。引退後は指導者や解説者としてゴルフ界に貢献し、女子ゴルフの発展に大きく寄与した。

ジャンボ鶴田(プロレスラー)

山梨県出身の日本のプロレスラー。中央大でレスリング選手として活躍後、1973年に全日本プロレスでデビューし、AWA世界ヘビー級王座を日本人で初めて獲得。'89年には三冠ヘビー級王者として頂点に立ち、長年にわたり日本プロレス界の中心選手として名勝負を重ねた。'99年に引退し、その後'90年代末に肝臓移植の合併症で49歳で没した。

長州力(プロレスラー)

山口県徳山(現・周南市)出身の元プロレスラーで日本のプロレス界を代表する存在。1974年に新日本プロレスでデビューし、'80〜'90年代に「革命戦士」の異名で人気を博したほか、IWGPヘビー級王座など主要タイトルを獲得。藤波辰巳との名勝負や独自の強烈な技で強さを示し、ジャパン・プロレスなど団体旗揚げにも関与。2019年に正式に引退した。

藤波辰爾(プロレスラー)

神奈川県横浜市出身のプロレスラー。1966年に日本プロレスでデビューし、新日本プロレス創設後は同団体を代表するスターとして活躍。華麗な空中技と闘志あふれるスタイルで人気を集め、長州力との名勝負やIWGPヘビー級王座獲得など多くの実績を残した。日本プロレス界の象徴的存在として、選手・指導者・解説者としても幅広く貢献した。

具志堅用高(プロボクサー)

沖縄県出身の元プロボクサー。1974年にプロデビューし、'77年にWBA世界ライトフライ級王座を獲得。防衛記録13度は当時世界最長で、世界王者として長期政権を築いた。引退後はタレント・解説者としてテレビ出演やスポーツ指導にも活躍し、日本ボクシング界の象徴的存在として広く知られている。

中野浩一(競輪選手)

東京都出身の元自転車競技選手。1977年にプロ転向し、'80年代にトラック競技スプリントで世界選手権10連覇を達成。'84年のロサンゼルス五輪でも活躍し、スプリント種目で日本の競輪界に革命をもたらした。引退後は競輪指導者や解説者として活動し、国内外で高い評価を受ける日本自転車界のレジェンド。

ガッツ石松(プロボクサー)

元プロボクサー、タレント、俳優。ヨネクラボクシングジム所属で、アジア人初のWBC世界ライト級王者となり、群雄割拠の同級で5度の防衛を果たした。1978年に新井容日戦を最後に引退。以後はタレントに転身し、独特のキャラクターで人気を博す。俳優としても『北の国から』『おしん』などに出演し、元ボクサータレントの草分け的存在となった。

千代の富士貢(大相撲力士)

北海道出身の大相撲力士。二子山部屋所属で、最盛期には「昭和の小さな巨人」と称され、史上最多タイの31回の幕内最高優勝を達成。スピードと力強さを兼ね備えた相撲で人気を博し、引退後は年寄・理事として相撲界に貢献。日本相撲史における伝説的存在として評価されている。

森末慎二(体操選手)

東京都出身の体操選手。1976年モントリオール五輪で団体銀・個人種目で銅メダルを獲得し、'84年ロサンゼルス五輪でも団体金メダルを達成。跳馬や平行棒を得意とし、日本体操界を代表する選手として活躍した。引退後は体操指導者や解説者としても活動し、国内外で日本体操の普及と発展に貢献した。

山下泰裕(柔道家)

兵庫県神戸市出身の柔道家。1984年ロサンゼルス五輪で柔道男子無差別級金メダルを獲得し、日本柔道界の象徴的存在となる。世界柔道選手権でも金メダルを複数回獲得し、全日本柔道連盟理事長として指導・普及活動にも尽力。技術と精神力に優れた選手として、国内外で高く評価され、日本柔道界の発展に貢献した。

川合俊一(バレーボール選手)

神奈川県出身の元バレーボール選手。日立(現・日立Astemo)で活躍し、1976年モントリオール五輪に日本代表として出場。引退後はスポーツ解説者、タレントとしてテレビ出演も多数。指導者としても活動し、バレーボールの普及に貢献。明るいキャラクターと的確な解説で、競技界外でも広く知られる存在となった。

王貞治(プロ野球選手・監督)

1958〜'74年に読売ジャイアンツ一筋で活躍した日本プロ野球界の名三塁手。打率.305、444本塁打、2471安打を記録し、「ミスタープロ野球」と称された。引退後は同球団の監督としても日本一を経験し、国民的英雄となった。

田淵幸一(プロ野球選手)

大阪府出身の元プロ野球選手(内野手)。南海ホークスで活躍し、特に強打の捕手として知られ、1970年代に本塁打王・打点王を複数回獲得。'73年の日本シリーズでは決定打を放ちチームを優勝に導いた。引退後は野球解説者や監督としても活動し、日本プロ野球史に残る名選手として評価されている。

山本浩二(プロ野球選手)

広島県出身の元プロ野球選手・監督。広島東洋カープで外野手として活躍し、「赤ヘルの魂」と称される強打者。1970年代に首位打者や本塁打王を獲得し、チームを日本シリーズ優勝に導いた。引退後は監督や解説者としても活動し、広島カープの黄金期を支えた功績から日本プロ野球界のレジェンドとして高く評価される。

江夏豊(プロ野球選手)

庫県尼崎市出身の元プロ野球選手(投手)、解説者。広島東洋カープで活躍し、プロ入りから抑え投手として通算317勝を挙げる。1979年の日本シリーズでの劇的な投球や「江夏の21球」で知られ、リリーフ投手として歴史的評価を受けた。引退後は野球解説者・評論家として活動し、野球界に長年影響を与え続けた。

村田兆治(プロ野球選手)

千葉県出身の元プロ野球選手(投手)、解説者。千葉ロッテマリーンズで活躍し、豪速球と多彩な変化球を武器に1970年代から'80年代にかけてチームを支えた。通算200勝を達成し、日本プロ野球史に名を残す名投手。引退後は野球解説者として活動し、後進の指導にも携わり、投手陣の育成や野球普及に貢献した。

星野仙一(プロ野球選手・監督)

愛知県豊橋市出身の元プロ野球選手(投手)・監督。中日ドラゴンズで投手として活躍後、阪神タイガース、日本ハムファイターズなどで監督を務め、熱血指導と戦略眼でチームを日本一に導いた。選手・監督として長年日本プロ野球界に影響を与え、名将として広く評価される。

落合博満(プロ野球選手)

神奈川県鎌倉市出身の元プロ野球選手・監督。ロッテオリオンズ、中日ドラゴンズなどで三冠王を3度獲得し、通算本塁打・打点・打率で高成績を残す強打者。引退後は中日ドラゴンズ監督としてチームをリーグ優勝に導き、戦略眼と選手育成で知られる。選手・監督両面で日本プロ野球界に大きな功績を残した。

中畑清(プロ野球選手)

神奈川県横浜市出身の元プロ野球選手・監督。読売ジャイアンツで主に外野手として活躍し、1980年代に打撃力と守備力でチームを支えた。引退後は横浜ベイスターズの監督を務め、選手育成やチーム改革に尽力。解説者やタレントとしても活動し、野球界における幅広い知名度と影響力を持つ存在となった。

掛布雅之(プロ野球選手)

兵庫県宝塚市出身の元プロ野球選手・監督。阪神タイガースで主に三塁手として活躍し、強打者としてチームの中心を担った。1985年のリーグ優勝・日本一に貢献し、引退後は阪神監督や野球解説者としても活動。長年にわたり球界で影響力を持ち、ファンからの支持も厚いレジェンドとして知られる。

江川卓(プロ野球選手)

福岡県久留米市出身の元プロ野球選手(投手)。PL学園高時代から注目され、プロ入り前の「江川事件」で話題となった。読売ジャイアンツで活躍し、速球と変化球を武器に通算169勝を挙げる。引退後は野球解説者として活動し、投手育成や解説を通じて日本プロ野球界に影響を与えた。

定岡正二(プロ野球選手)

福岡県出身の元プロ野球選手(内野手)。南海ホークスに入団し、俊足巧打の二塁手として活躍。1979年には新人王を受賞し、盗塁王も獲得するなどスピードを活かしたプレースタイルでチームに貢献。引退後は野球解説者や指導者としても活動し、若手選手の育成や野球普及に尽力した。

小林誠二(プロ野球選手)

東京都出身の元プロ野球選手(捕手)。読売ジャイアンツで活躍し、堅実な守備とリード力でチームを支えた。引退後は野球解説者として活動し、試合分析や選手の技術指導にも携わる。プロ野球界における捕手としての実績と知見を活かし、後進の育成や野球普及に貢献した。

原辰徳(プロ野球選手)

東京都出身の元プロ野球選手・監督。読売ジャイアンツで外野手として活躍し、打撃力と勝負強さでチームを牽引。引退後は巨人の監督としてリーグ優勝や日本シリーズ制覇に導き、戦略眼と選手育成で高く評価される。選手・監督両面で長年プロ野球界に影響を与え、日本を代表する名将の一人として知られる。

荒木大輔(プロ野球選手)

佐賀県出身の元プロ野球選手(投手)。ヤクルトスワローズで活躍し、力強い速球と変化球で1980年代後半から'90年代にかけてチームの先発の柱を担った。通算勝利数は200勝に迫る実績を誇り、'89年には最優秀防御率や最多勝を獲得。引退後は指導者や解説者として後進の育成に貢献し、日本プロ野球界に長く影響を与えた。

清原和博(プロ野球選手)

大阪府出身の元プロ野球選手(内野手・外野手)。PL学園高校からドラフト1位で西武ライオンズに入団し、強打のスラッガーとして活躍。読売ジャイアンツでもプレーし、通算本塁打476本を記録。日本プロ野球史上屈指のパワーヒッターとして知られる。引退後は野球解説やメディア出演も行い、野球界のレジェンドとして広く認知されている。

桑田真澄(プロ野球選手)

兵庫県出身の元プロ野球選手(投手)。PL学園高校時代から注目され、読売ジャイアンツに入団。巧みな変化球と制球力で長年先発投手として活躍し、通算勝利数は200勝以上。引退後は解説者や指導者として活動し、後進の育成や野球普及に尽力。日本プロ野球界における名投手の一人として評価されている。

植村直己(冒険家)

兵庫県出身の冒険家・登山家。世界初のマッキンリー冬季単独登頂や、エベレスト登頂など数々の偉業を成し遂げ、極地探検や冒険行為で国際的に高く評価された。1984年にカナダ北極圏で遭難死するまで、冒険精神と挑戦心を貫き、日本の登山・探検史における象徴的存在となった。

畑正憲(動物研究家)

大阪府出身の作家・動物学者・農学者。自然観察や生物研究を基に、野生動物や環境を題材とした著作を多数執筆。特に鳥類や昆虫の生態研究で知られ、科学的知見と文学的表現を融合させた作品で一般読者にも自然の魅力を伝える。教育活動や講演も行い、日本の自然保護や環境教育に貢献した。

やなせたかし(漫画家)

高知県出身の漫画家・絵本作家・詩人。戦後に漫画家として活動を開始し、アンパンマンを生み出したことで広く知られる。子ども向け作品を通じて「正義・思いやり・友情」の価値を伝え、日本の児童文化に大きな影響を与えた。絵本作家としての活動は国内外で高く評価され、多くの世代に愛され続けている。

水木しげる(漫画家)

鳥取県出身の漫画家。戦争体験を基にした作品や妖怪漫画で知られ、『ゲゲゲの鬼太郎』をはじめとする妖怪キャラクターを創出し、日本の漫画文化と妖怪文化の普及に大きく貢献。幅広いジャンルで執筆し、社会的・文化的影響力が高く、国内外で高い評価を受け続けた。

加藤芳郎(漫画家)

東京都出身の画家・イラストレーター。戦後、日本画や洋画の技法を融合させた作品を発表し、特に色彩表現と幻想的な作風で評価を得た。雑誌・書籍の挿絵や装丁画などでも活躍し、商業美術と芸術表現の両面で影響力を持つ。国内外の展覧会にも多数出品し、日本の近代美術界に貢献した。

手塚治虫(漫画家)

大阪府出身の漫画家・アニメーション作家。『鉄腕アトム』『ブラック・ジャック』など、多数の名作を生み出し、現代漫画の基礎を築いた。医師免許も持ち、科学・医学・倫理を題材にした作品で知られる。アニメ制作にも先駆的に取り組み、日本の漫画・アニメ文化の発展に絶大な影響を与え、「漫画の神様」と称される。

サトウサンペイ(漫画家)

東京都出身の漫画家。主に4コマ漫画で活動し、ユーモアあふれる日常描写と親しみやすい作風で人気を博す。代表作に『フジ三太郎』や『てなもんや三度笠』などがあり、テレビや新聞とも連動した作品を多数発表。戦後日本の漫画文化に貢献し、幅広い世代に親しまれる漫画家として知られる。

藤子・F・不二雄(漫画家)

富山県出身の漫画家。『ドラえもん』をはじめ、多くの児童向け漫画を手掛け、日本の漫画文化に絶大な影響を与えた。ユーモアと科学的アイデアを融合させた作風で子どもから大人まで幅広い層に支持され、アニメ化・映画化も多数。社会的・文化的影響力が高く、国民的漫画家として長く親しまれている。

藤子不二雄A(漫画家)

富山県出身の漫画家。藤子・F・不二雄と共に活動していた時期もあり、独立後は大人向けのブラックユーモア作品を中心に手掛けた。代表作に『笑ゥせぇるすまん』や『まんが道』などがあり、人間心理の滑稽さや社会風刺を描く作風で知られる。漫画界に独自の存在感を持ち、幅広い読者に影響を与え続けた。

横山光輝(漫画家)

兵庫県出身の漫画家。『鉄人28号』や『三国志』などの代表作で知られ、SFから歴史ものまで幅広いジャンルを手掛けた。緻密な作画とストーリーテリングで、子どもから大人まで幅広い読者層に支持され、日本漫画界に大きな影響を与えた。作品はアニメ化や映像化も多数行われ、国民的漫画家として長く親しまれている。

細川智栄子(漫画家)

1958年『くれないのばら』で「細川千栄子」としてデビュー。'68年に成人向け女性週刊誌で初のストーリー漫画「ああ♥初恋」を『女性セブン』で連載後、講談社『少女フレンド』や集英社『りぼん』など各誌で執筆し、'76年から40年以上続く大河連載『王家の紋章』を手がけた。'90年に『王家の紋章』で小学館漫画賞少女部門受賞。代表作はほかに『アテンションプリーズ』『伯爵令嬢』『あこがれ』。

園山俊二(漫画家)

早稲田大学在学中に毎日小学生新聞で『がんばれゴンベ』を連載しプロデビュー、35年間続く長期連載となった。トキワ荘の漫画家らと交流し、児童漫画や大人向け漫画を多数発表。代表作に『ギャートルズ』シリーズや『花の係長』があり、テレビアニメ化もされた。晩年は肝臓癌により入退院を繰り返し、1992年に死去。漫画一本で生きる姿勢で知られる。

赤塚不二夫(漫画家)

手塚治虫に影響を受け1956年に貸本漫画『嵐をこえて』でデビュー。トキワ荘で修業後、『おそ松くん』『ひみつのアッコちゃん』『天才バカボン』などを発表し一躍人気作家となる。ギャグ漫画の王として戦後漫画史を築き、『天才バカボン』などの作品はテレビアニメ化もされ、文藝春秋漫画賞受賞や長期連載で日本の漫画文化に大きな影響を与えた。

楳図かずお(漫画家)

1955年に貸本漫画でデビューし、『漂流教室』『まことちゃん』『わたしは真悟』などを発表。ホラー漫画の第一人者として知られ、幅広いジャンルでも活躍した。

梶原一騎(漫画家)

は日本の漫画原作者・小説家・映画プロデューサー。格闘技やスポーツを題材に男の闘う姿を豪快かつ繊細に描き、『巨人の星』『あしたのジョー』『タイガーマスク』などのヒット作で「スポ根もの」ジャンルを確立。空手五段・柔道二段の武道経験も活かし、型破りな生き方やスキャンダルでも注目を集めた。

さいとう・たかを(漫画家)

貸本時代に劇画の分野を確立し、『無用ノ介』や代表作『ゴルゴ13』など多くのヒット作を生む。『さいとう・プロダクション』を設立し、分業体制による制作方式を確立。『ゴルゴ13』は長寿連載作品としてギネス記録を樹立し、劇画界を代表する存在となった。

モンキー・パンチ(漫画家)

『ルパン三世』の作者で、青年漫画を中心に多数の作品を手掛けた。デジタル技術を漫画制作に積極的に導入し、デジタルマンガ協会初代会長を務める。『ルパン三世』をはじめ『復讐屋』『シンデレラボーイ』『MUSASHI -GUN道-』など多数作品がアニメ化され、『ルパン三世 DEAD OR ALIVE』では監督も担当。大学教授や漫画家協会理事として後進育成にも尽力した。

東海林さだお(漫画家)

1974年から2014年まで毎日新聞に13,749回連載した『アサッテ君』で全国紙連載漫画最多掲載記録を樹立した漫画家・エッセイスト。ユーモアエッセイの横綱的存在とされ、擬声語多用や独特の改行を特徴とする「昭和軽薄体」の文体で長年にわたり人気を博した。

石ノ森章太郎(漫画家)

SF漫画やギャグ、学習漫画まで幅広く手掛け、「漫画の王様」と称された漫画家。代表作に『サイボーグ009』『人造人間キカイダー』『009ノ1』『さるとびエッちゃん』などがあり、仮面ライダーシリーズなど特撮作品の原作者としても活躍。昭和30〜40年代に新しい漫画手法を開発し、SF的表現や画面効果で手塚治虫と並ぶ影響力を持った。

松本零士(漫画家)

福岡県出身の漫画家で、SF漫画を中心に『宇宙戦艦ヤマト』『銀河鉄道999』『男おいどん』などを手掛けた。幅広いジャンルの作品を描き、アニメ製作にも積極的に関与。松本アニメブームを牽引し、宝塚大学特任教授なども歴任。受賞歴には旭日小綬章や紫綬褒章があり、ペンネームは零歳児の感性を忘れない意志と午前零時まで働く士の意から由来する。

ちばてつや(漫画家)

東京都出身の漫画家で、『あしたのジョー』を高森朝雄(梶原一騎)と共作し社会現象を巻き起こした。ほか『ハリスの旋風』『あした天気になあれ』『のたり松太郎』『みそっかす』などを手掛ける。文星芸術大学教授・学長や日本漫画家協会会長を歴任。紫綬褒章・旭日小綬章受章、文化勲章受章、文化功労者、日本芸術院会員としても顕著な功績を残す。

宮崎駿(アニメ監督ほか)

アニメ監督・アニメーターで、スタジオジブリ取締役名誉会長。1963年東映動画入社後、'78年『未来少年コナン』で演出家デビュー、'79年『ルパン三世 カリオストロの城』で劇場映画監督初挑戦。『風の谷のナウシカ』成功後、'85年スタジオジブリを設立し、『天空の城ラピュタ』『となりのトトロ』『魔女の宅急便』などを発表。世界的に影響力が大きく、『千と千尋の神隠し』と『君たちはどう生きるか』でアカデミー長編アニメ映画賞受賞。

ジョージ秋山(漫画家)

1966年『ガイコツくん』でデビューし、『銭ゲバ』『アシュラ』といった過激なテーマの作品で注目を集めた。1973年から2017年まで『浮浪雲』を連載、1978年小学館漫画賞を受賞。2020年に77歳で逝去。

わたせせいぞう(イラストレーターほか)

1974年、『新漫画昆虫記』で小学館ビッグコミック賞を受賞し漫画家デビュー。'83年から『ハートカクテル』を『モーニング』で連載し、アニメ化・ドラマ化もされる。長年会社員と漫画家の二足の草鞋を履き、退社後は作家活動に専念。'87年には『私立探偵フィリップ』で文藝春秋漫画賞を受賞し、2010~2018年には神奈川大学で特任教授も務めた。

本宮ひろ志(漫画家)

1947年千葉県生まれ。'65年にデビューし、'68年の『男一匹ガキ大将』で一躍人気作家となる。以降『俺の空』『硬派銀次郎』『サラリーマン金太郎』など多くのヒット作を生み出し、不良・サラリーマンものなど幅広いジャンルで活躍した。

弘兼憲史(漫画家)

松下電器に3年間勤務後、漫画家に転身。代表作に『課長島耕作』シリーズ、『人間交差点』『黄昏流星群』があり、サラリーマン経験を生かして現代社会の大人の生活や葛藤を描く。1983年に『課長島耕作』を『モーニング』で連載開始。30年以上続く長期連載となり、団塊世代の代弁者としての地位を確立した。

山岸凉子(漫画家)

1947年北海道生まれの少女漫画家。「アラベスク」でバレエ漫画を革新しブレイクし、'83年に「日出処の天子」で少女漫画賞を受賞。神話・歴史・ホラーなど多彩なテーマを描き、「24年組」を代表する存在となった。

蛭子能収(漫画家)

熊本県天草市生まれの漫画家・俳優。1973年『月刊漫画ガロ』でデビュー後、官能劇画や不条理漫画を中心に精力的に執筆し、元祖ヘタウマ漫画家として評価される。'81年に独立して単行本『地獄に堕ちた教師ども』を発表。'80年代後半からは芸能活動にも進出し、テレビ番組やドラマに出演。前衛的で狂気を帯びた作風で、日本漫画に新たな表現の地平を開いた。

山上たつひこ(漫画家)

徳島県生まれ、大阪府育ちの漫画家・小説家。代表作はギャグ漫画『がきデカ』やディストピア漫画『光る風』。1974年に『がきデカ』を連載開始し社会現象を巻き起こす。'80年代以降は日常生活の不条理を描くギャグ漫画や前衛的作品も発表。'90年に一度漫画執筆を休止し小説家に転向したが、2004年には『中春こまわり君』で漫画活動に復帰した。

池田理代子(漫画家)

1947年生まれの漫画家・劇画家で、'67年にデビュー。代表作『ベルサイユのばら』で少女漫画の枠を超え一大ブームを巻き起こした。'80年『オルフェウスの窓』で日本漫画家協会賞を受賞。'95年以降は声楽家としても活躍し、多彩な才能を発揮している。

里中満智子(漫画家)

1948年大阪生まれの漫画家・評論家。高校時代にデビューし、以降50年以上で500点近くの作品を発表。その代表作に「アリエスの乙女たち」「天上の虹」などがあり、'74年と'82年に大きな漫画賞を受賞。現在も大学教授や漫画団体の要職を務め、漫画界を牽引する存在。

もりたじゅん(漫画家)

1948年生まれの日本の漫画家。'68年にデビューし、『りぼん』などでラブコメからリアルな男女物語まで幅広く描く。代表作に『キャー!先生』『うみどり』などがあり、後年はレディースコミックでも活躍した。

柳沢きみお(漫画家)

1948年新潟県五泉市生まれの漫画家。'70年にデビューし、'78年の『翔んだカップル』で講談社漫画賞を受賞。ラブコメや青年漫画を中心に多数の作品を発表し、『特命係長 只野仁』などヒット作も。今なお現役で精力的に創作活動を続けるベテラン漫画家。

萩尾望都(漫画家)

1949年山口県生まれの少女漫画家。'70年代から世界観と心理描写に優れた作品を発表し、『ポーの一族』『11人いる!』などで高い評価を得る。SF・ファンタジー・耽美など多ジャンルに挑み、「少女漫画の革新者」と呼ばれる存在。

一条ゆかり(漫画家)

1949年岡山県生まれの少女マンガ家。'68年に『雪のセレナーデ』で漫画家デビュー。『デザイナー』『砂の城』『有閑倶楽部』『プライド』などで人気を博し、'86年に少女部門の講談社漫画賞、2007年に文化庁メディア芸術祭マンガ部門優秀賞を受賞。恋愛や人生を鋭く描くその作風で長きにわたり支持されてきた。

弓月光(漫画家)

1949年生まれの漫画家。'68年に「りぼん新人漫画賞」でデビューし、少女漫画/少年漫画/青年漫画と幅広く活躍。『みんなあげちゃう♡』『甘い生活』などのラブコメ作品で知られ、長寿連載を続けるベテランである。

竹宮惠子(漫画家)

1950年徳島県生まれの漫画家。'68年にデビューし、'70年代〜'80年代に『風と木の詩』やSF漫画『地球へ...』などで少女漫画の枠を大きく広げた。'79年小学館漫画賞、2012年日本漫画家協会賞文部科学大臣賞、2025年文化功労者受賞と、その功績は高く評価されている。

あだち充(漫画家)

1970年に『消えた爆音』でデビューし、当初は劇画調少年漫画を中心に活動。'75年以降ソフトタッチな作風に転向し、'78年の『ナイン』で初の原作なし連載を開始。続く『みゆき』『タッチ』が大ヒットし、ラブコメ漫画の代表作家として『週刊少年サンデー』を牽引。野球漫画を主軸に長年活躍し、コミックス累計2億部を突破するなど日本を代表する漫画家となった。

美内すずえ(漫画家)

1951年大阪生まれの漫画家。'67年に高校2年でデビューし、'76年から連載を始めたガラスの仮面は累計5,000万部超の大ヒット作。少女漫画のみならずホラーやサスペンスも手がけ、'82年に講談社漫画賞、'95年に日本漫画家協会賞を受賞した。

いしいひさいち(漫画家)

1951年生まれの漫画家で、新聞連載や4コマ漫画を中心に活動。代表作は『がんばれ!!タブチくん!!』で、『ののちゃん』は最長期連載作品。プロ野球や政治、庶民生活など幅広い題材を扱い、過激な皮肉やナンセンスを特徴とする独自の作風で知られる。文藝春秋漫画賞や手塚治虫文化賞など多数受賞し、作品の一部はアニメ化もされている。

陸奥A子(漫画家)

1954年福岡県生まれの少女漫画家。'72年に「獅子座うまれのあなたさま」でデビューし、'70〜'80年代に雑誌『りぼん』で「おとめチック」路線を牽引。等身大の少女の恋愛や日常を軽やかに描き、多くの読者に支持された。代表作に『こんぺい荘のフランソワ』など。

鳥山明(漫画家)

1978年に『ワンダーアイランド』でデビュー、『Dr.スランプ』と『ドラゴンボール』を代表作とする。両作はいずれもアニメ化され、長期にわたり放映されたほか、累計発行部数は『ドラゴンボール』が2億6,000万部を超える。漫画活動の傍らゲームやマスコットのキャラクターデザインも手掛け、『ドラゴンクエスト』などに貢献。日本漫画の世界的普及に大きく寄与した影響力の高い漫画家である。

くらもちふさこ(漫画家)

1955年生まれの少女漫画家。'72年『メガネちゃんのひとりごと』でデビューし、『いつもポケットにショパン』『天然コケッコー』など多くの名作を発表。'96年に講談社漫画賞、『花に染む』で2017年に手塚治虫文化賞マンガ大賞を受賞するなど、半世紀にわたり少女漫画界を牽引してきた。

江口寿史(漫画家)

1956年熊本県生まれの漫画家・イラストレーター。'77年に『すすめ!!パイレーツ』でデビューし、『ストップ!!ひばりくん!』などでブレイク。'80年代以降はポップな線画で女性キャラを描くイラストでも高く評価され、近年も個展や広告・CDジャケットなど多方面で活躍している。

槇村さとる(漫画家)

高校在学中の1973年『別冊マーガレット』掲載の「白い追憶」でデビュー。高校卒業後会社員となるが、出版社の原稿料が給料を上回り専業作家となる。'78年以降、フィギュアスケートやジャズダンス、アイスダンスを題材にした作品を発表し、代表作には『愛のアランフェス』『ダンシング・ゼネレーション』『白のファルーカ』がある。『イマジン』『おいしい関係』『Real Clothes』はテレビドラマ化され、大人向け漫画でも活躍した。

柴門ふみ(漫画家)

徳島県出身の漫画家・エッセイストで、恋愛漫画やエッセイで人気を博し「恋愛の巨匠」と称された。バブル期には『東京ラブストーリー』『あすなろ白書』『同・級・生』など、多くの作品がトレンディドラマ化された。ペンネームはポール・サイモンに由来。夫は漫画家の弘兼憲史で、1男1女がおり、子どもたちも漫画・イラストの道で活動している。

高橋留美子(漫画家)

1978年に『うる星やつら』で連載デビューし、'80年から『めぞん一刻』も並行して連載。少年誌と青年誌の両方で活躍し、ギャグや恋愛、コメディから格闘技ものまで幅広い作風で人気を確立した。'87年以降は『らんま1/2』『1ポンドの福音』なども発表し、長期にわたり多くのヒット作を生み出した日本を代表する漫画家。

みうらじゅん(漫画家)

1980年に『ガロ』でデビューした漫画家・イラストレーター。関西ネタや怪獣ネタを中心にエッセイやイラストを多数執筆し、雑誌やテレビ・ラジオでも活動。'82年に『週刊ヤングマガジン』のちばてつや賞で佳作を受賞。多彩なメディア活動を展開し、'89年には「大島渚」というバンドを結成し、人気番組『いかすバンド天国』に出場するなど音楽活動も行った。

やくみつる(漫画家)

1981年に『まんがタイムオリジナル』でデビューした漫画家で、初期は『がんばれエガワくん』が人気となった。横浜ベイスターズを題材にした野球漫画を得意とし、現実的な描写とユーモアを融合させた作風で知られる。選手への辛辣なネタや風刺を盛り込みつつ、荒唐無稽なエピソードも描き、漫画・エッセイ界で独自の地位を築いた。

湯村輝彦(漫画家)

イラストレーター、デザイナー、漫画家、音楽評論家で、ヘタウマ漫画の先駆者として知られる。1976年に糸井重里と広告や絵本を手がけ、漫画雑誌『ガロ』で『ペンギンごはん』シリーズを発表。'80年代のヘタウマブームを牽引した。フラミンゴ・スタジオを主宰し、イラストから漫画、広告、音楽関連まで幅広く活動しており、クレイジーケンバンドのCDジャケット制作でも知られる。

とりいかずよし(漫画家)

1968年に『くちなし犬』でデビュー後、『週刊少年ジャンプ』で人情ギャグ漫画『トイレット博士』を連載し、単行本1000万部のヒット作となる。赤塚不二夫の指導でスカトロ要素を取り入れ、後半は「メタクソ団」登場で人気爆発。'77年に連載終了後はギャグ漫画からストーリー漫画へ転向し、『トップはオレだ!!』などを発表。テレビドラマの脚本や番組タイトル画も手がけるなど幅広く活躍。

大島弓子(漫画家)

「24年組」の代表格で、1968年に『ポーラの涙』でデビュー。独特の感性と幻想性で『綿の国星』『ミモザ館でつかまえて』などを発表し、'73年に日本漫画家協会賞、'79年に講談社漫画賞を受賞。晩年も『グーグーだって猫である』などで活躍し、2021年に文化功労者に選ばれた。

内田春菊(漫画家)

1984年、『シーラカンスぶれいん』でデビュー。性的表現をストレートに描く「女の子エッチ漫画家」として岡崎京子や桜沢エリカとともに人気を集める。エッセイや漫画エッセイも手がけ、社会通念への異議を作品に反映。'85年から『ガロ』に作品を発表し、'86~'87年連載の『南くんの恋人』は4度テレビドラマ化されるなど幅広く活躍。

桜沢エリカ(漫画家)

東京都出身、19歳で漫画家デビュー。岡崎京子や内田春菊とともに性的表現を描く「女の子エッチ漫画家」として知られる。1985年に『ウーくんのソフト屋さん Special』で初単行本を刊行し、思春期少女を題材とした『かわいいもの』『フールズ・パラダイス』『チェリーにおまかせ!』を発表。'91~'93年の『メイキン・ハッピィ』で人気を確立した。

さくらももこ(漫画家)

『ちびまる子ちゃん』で知られる漫画家・エッセイスト。自身の少女時代をモデルにした同作は累計3000万部を超えるヒットとなり、1989年に講談社漫画賞少女部門を受賞。エッセイ集『もものかんづめ』『さるのこしかけ』『たいのおかしら』もミリオンセラー。'90年の『ちびまる子ちゃん』アニメ化により国民的知名度を得、主題歌『おどるポンポコリン』作詞も手掛けるなど幅広く活躍した。