1970年代
六代目 三遊亭圓生
大阪生まれの落語家で、義太夫から落語に転向し、20歳で真打昇進。笑いと涙を交えた人情話を得意とし、志ん生や文楽と共に昭和の落語界を牽引。満州での困難な経験を経て芸を磨き、「昭和の大名人」と称された。平成31年の大河ドラマ『いだてん』では中村七之助が演じた。
五代目 三遊亭圓楽
東京都出身の落語家で、1955年に六代目三遊亭圓生に入門。1962年に29歳で真打昇進し、五代目円楽を襲名。古典落語を得意とし、ゆったりした語り口とスケールの大きい高座で人気を博した。テレビ演芸番組の司会でも知られ、柔和な人柄と豪快な笑い声で親しまれた。長年の功績により文化庁芸術祭賞や旭日小綬章を受賞。2007年に引退し、弟子の楽太郎が六代目円楽を襲名した。
荒井注(ザ・ドリフターズ)
東京都出身のコメディアンで、大学卒業後に「ザ・ドリフターズ」に加入。演奏よりも「なんだ、バカヤロー」などのギャグで子どもたちに人気を博した。1974年に脱退後はクイズ番組の解答者や俳優として活動し、NHKの大河ドラマ『草燃える』や土曜ドラマ『松本清張シリーズ 遠い接近』などにも出演した。
いかりや長介(ザ・ドリフターズ)
東京都出身のコメディアンで、「ザ・ドリフターズ」のリーダーとして1964年から活躍。『8時だョ!全員集合』や『ドリフ大爆笑』でメンバーと息の合ったコントを披露し国民的人気を得た。晩年は渋みのある演技でドラマや映画にも出演し、『踊る大捜査線』やNHK『おんなは度胸』などで存在感を示した。
加藤茶(ザ・ドリフターズ)
東京都出身のコメディアンで、「ザ・ドリフターズ」のメンバーとしてテレビや映画に多数出演。1960年代後半から’70年代前半にかけて子どもたちに人気を博し、『8時だョ!全員集合』で一発芸を次々にヒットさせカリスマ的存在となった。愛称は「カトちゃん」「ヒデ坊」「チャー坊」で、活動縮小後も加トケンやこぶ茶バンドなどで活躍。
仲本工事(ザ・ドリフターズ)
東京都日本橋出身のコメディアン・ミュージシャンで、「ザ・ドリフターズ」のメンバー。バンドではボーカルとギターを担当し、ドリフから派生したこぶ茶バンドでも活動。1965年に高木ブーの誘いで加入し、リーダーいかりや長介の説得もあって芸能界入りした。
高木ブー(ザ・ドリフターズ)
中央大学経済学部卒業後、東京ガスの内定を蹴ってプロのミュージシャンの道を選んだ。学生時代からハワイアンバンドで活動し国内外のツアー経験も豊富。ジェリー藤尾のバンドや「ロジェ滋野とシャドーズ」を経て、仲本工事と共に「ザ・ドリフターズ」に加入し、音楽とコメディの両面で活躍した。
三波伸介(てんぷくトリオ)
1960~’70年代に活躍したお笑いグループ「てんぷくトリオ」のメンバーで、グループでの活動を通じてコメディアンとして人気を得た。’70年、日テレ『笑点』にて前田武彦の代役として司会を務めた際にその手腕が評価され、同年12月に3代目司会者に正式就任した。落語に詳しく、大勢の落語家を相手に大喜利を巧みに取り仕切る能力で番組を支え、以降も長く視聴者に愛される司会者として活躍した。
伊東四朗(てんぷくトリオ)
三波伸介・戸塚睦夫とともに「てんぷくトリオ」として活動の後、喜劇役者として人気を得た。1977年のTBSドラマ『ムー』で演技力が注目され、’83年のNHK朝ドラ『おしん』で父親役を演じて俳優としての評価を確立した。
坂上二郎(コント55号)
鹿児島県出身のコメディアンで、萩本欽一とのコンビ「コント55号」で国民的人気を博した。舞台を駆け回る勢いあるコントと「飛びます飛びます」のギャグで一世を風靡し、俳優や歌手としても活躍。NHKドラマ『タクシー・サンバ』『ハイカラさん』『腕におぼえあり』など多数の代表作を残した。
萩本欽一(コント55号)
東京都出身のコメディアンで、1966年に坂上二郎とコント55号を結成し、“欽ちゃん”の愛称で人気を博した。コンビ解散後も自ら構成・演出・出演する「欽ちゃん」シリーズで多数のタレントを育成し、NHKでは『ひまわり』ナレーションや『欽ちゃんのアドリブで笑』などに出演した。
笑福亭仁鶴
大阪府出身の落語家で、六代目笑福亭松鶴に入門し「仁鶴」の名を授かる。吉本興業所属後、ラジオや『ヤングおー!おー!』などのバラエティ番組で全国的に人気を獲得。寄席や落語会、テレビCMでも活躍し、『バラエティ生活笑百科』の相談室長や連続ドラマ出演など、多方面で活躍した。
月亭可朝
三代目林家染丸に入門後、桂米朝門下で小米朝を経て1968年に可朝を襲名。落語家として古典落語も演じつつ、’69年の「嘆きのボイン」で歌手・タレントとしても人気を博した。常識破りの行動と独特の丸メガネ・チョビ髭・カンカン帽の風貌が特徴で、『ヤングおー!おー!』や『11PM』などテレビ番組で活躍した。
坂田利夫(コメディNo.1)
1967年に前田邦弘と漫才コンビ「コメディNo.1」を結成し、『アホの坂田』の愛称で親しまれる喜劇俳優。西川きよしの勧めで漫才に転向し、松竹新喜劇でアホ役を極める。藤山寛美からの助言を胸に、「アホは優しく生きる」という信条でキャラクターを確立した。
小松政夫
福岡県出身のコメディアン。植木等の付き人を経て『シャボン玉ホリデー』でデビューし、1960年代以降、バラエティ番組で活躍。伊東四朗とのコンビ芸で’70年代のギャグ界を代表。2011年には日本喜劇人協会10代目会長に就任。NHKでも時代劇やドラマに出演した。
上岡龍太郎(漫画トリオ)
大阪出身のコメディアン・司会者。1959年に「横山パンチ」として漫画トリオでデビュー。トリオ解散後はピンでラジオ・テレビに出演し、’80年代には『鶴瓶上岡パペポTV』や『探偵!ナイトスクープ』で司会者として人気を博す。’90年代には東京進出も果たし、『上岡龍太郎にはダマされないぞ!』などで活躍。2000年に自身の公言通り芸能界を引退した。
前田五郎(コメディNo.1)
大阪市出身の喜劇俳優。1963年に吉本新喜劇に入団し、脇役として活躍。’67年に坂田利夫と漫才コンビ「コメディNo.1」を結成し、ツッコミ担当として主になんばグランド花月などの舞台で活動。また、朝日放送テレビ『あっちこっち丁稚』ではカステラ店の主人役として出演した。
桂三枝 (六代目 桂文枝)
大阪府出身の上方落語家で、桂小文枝に入門。ラジオ『歌え!ヤングタウン』で若者に支持され、テレビにも進出。『新婚さんいらっしゃい!』など多数の番組で司会を務め、2012年に6代目桂文枝を襲名。NHKでは落語番組のほか、大河ドラマ『真田丸』や連続テレビ小説『わろてんか』など俳優としても活躍。
桂歌丸
横浜出身の落語家で、子ども時代から落語に親しみ、中学卒業前に落語の世界へ入る。古典落語、特に人情ばなしの名手として知られ、演芸番組『笑点』には初回放送から50年間出演。昭和49年から始めた独演会で古典落語の復興に努め、平成16年には落語芸術協会会長に就任。晩年も酸素吸入をしながら高座に上がるなど、生涯現役を貫いた。
横山やすし(やすし・きよし)
1966年に西川きよしと「やすしきよし」を結成し、革新的な「どつき漫才」を確立した大阪出身の漫才師。舞台中央のマイクから離れて動き回るデフォルメ演技や、ボケ・ツッコミが交互に入れ替わる型破り漫才で人気を博す。稽古嫌いながらもきよしと共にネタ合わせを行い、結成1年足らずで上方漫才大賞新人賞、5年目に大賞を受賞。テレビ出演も果たし、全国的に知られる存在となった。
西川きよし(やすし・きよし)
高知県出身。1966年に横山やすしと漫才コンビ「横山やすし・西川きよし」を結成し、「やすきよ」として国民的人気を獲得。漫才だけでなくテレビ司会でも活躍し、『パンチDEデート』『プロポーズ大作戦』などで人気を博す。1986年には参議院議員に当選し国政にも進出。芸能生活50周年を迎えた現在も劇場出演やレギュラー番組で活躍し、NHKでは『マッサン』や『ごごナマ』『おいしい金曜日』などに出演。
レツゴー三匹
正児・じゅん・一修が劇団解散を機に結成した漫才トリオ。名古屋の焼き鳥店「三匹」に由来し、「レツゴー」は意図的な表記。1969年に松竹芸能へ移籍し、’70年代に漫才で数々の賞を受賞。歌謡曲「新地ワルツ」もヒットし、80年代にはテレビ出演で全国的知名度を得た。
轟二郎
静岡県三島市出身のタレント・俳優。高校卒業後に殺陣師・スタントマンとして芸能界入りし、日本テレビ系バラエティ『びっくり日本新記録』で体を張る“チャレンジボーイ”として人気を得たほか、ドラマ『翔んだカップル』や映画『セーラー服と機関銃』などにも出演。闘病の末大腸がんで65歳で死去した。
なべおさみ
東京都出身のコメディアン・俳優・タレント・放送作家。1964年『シャボン玉ホリデー』でコント出演により人気を得て、’68年には山田洋次監督作で映画主演も経験。’78年から『ルックルックこんにちは』内コーナー司会で注目され、その後もテレビ・映画・舞台で幅広く活躍したベテラン芸能人。
せんだみつお
東京都出身。子役を経て’70年代にラジオやテレビ司会で人気を博し、「ナハナハ」のギャグと軽妙なトークで親しまれたマルチタレント。『ぎんざNOW!』『うわさのチャンネル』などに出演し、俳優としても時代劇やサスペンスドラマで活躍。NHKでは大河ドラマ『おんな太閤記』『春の波涛』『春日局』『毛利元就』や連続テレビ小説『おんなは度胸』『だんだん』に出演。
ケーシー高峰
山形県出身。医師家系に生まれ一度は医学部に進むも、芸能界への憧れから芸人に転身。14年間の下積みを経て、白衣姿での「医事漫談」でブレイクし人気を博す。テレビドラマや映画にも出演し、個性派俳優としても活躍。晩年は福島県に移住し、東日本大震災被災者支援にも尽力。生涯現役を貫き、独自の話芸を追求した。
四代目 林家小染
大阪市出身。高校時代から落語に親しみ、同級生の笑福亭鶴光とともに二人だけの落語研究会を結成し一席演じるなどしていた。1972年、毎日放送の番組『ヤングおー!おー!』で結成された若手落語家ユニット「ザ・パンダ」(月亭八方、桂きん枝=4代目小文枝、桂文珍と共に)の一員となり、愛嬌ある個性を生かして数々のレギュラー番組に出演。親しみやすい語り口でお茶の間の人気を集めた。
笑福亭鶴光
大阪府出身。1967年に六代目笑福亭松鶴に入門。ラジオ「笑福亭鶴光のオールナイトニッポン」「鶴光の噂のゴールデンアワー」のパーソナリティを長年務め、独特の軽妙な語り口で人気を博した。上方落語家としては初めて落語芸術協会上方真打に昇進し、現在も東京の寄席でトリを務めるなど、上方落語を代表する存在として活躍している。
月亭八方
大阪府出身。1968年に月亭可朝に弟子入りし、落語家としての道を歩む。軽妙なトークと明るいキャラクターでテレビ番組『ヤングおー!おー!』に出演し人気を獲得。東京進出を経て上方落語家の第一人者となり、上方落語協会の顧問も務める。上方お笑い大賞をはじめ多数の受賞歴を持ち、現在もレギュラー出演で活躍。俳優としてもNHKドラマスペシャルなどに出演している。
桂文珍
兵庫県出身。五代目桂文枝に入門し落語家となる。1981年に「上方お笑い大賞」金賞、’83年には同賞大賞を受賞するなど、多数の受賞歴を持つ。古典落語から新作落語まで幅広く得意とし、絶妙なトークセンスでテレビバラエティ番組でも活躍。NHKでは『クイズ 日本人の質問』や『世界ふれあい街歩き』、正月時代劇『桜ほうさら』など俳優としても出演している。
間寛平
高知県出身。長い下積みを経て吉本新喜劇に入り、1974年に座長となって関西で圧倒的な人気を得た。’89年に東京進出し、温厚な人柄と奇抜なギャグで全国的な人気者に。のちにすべてのレギュラー番組を降板し、マラソンとヨットで世界一周に挑む「アースマラソン」で独自の道を切り開いた。俳優としてもNHK連続テレビ小説『やんちゃくれ』などで好演した。
海原千里・万里
実姉妹の漫才コンビで、1970年代に人気を博した。幼少期から素人コンクールに出演し、’71年に海原お浜・小浜に入門。姉妹コンビとしてデビューした。初期は「海原なると・わかめ」と名乗る。『スター漫才選手権』出演時にロイ・ジェームスから将来性を高く評価され、以後テレビでの活躍が増加。ドラマ・映画にも出演し、多彩な芸風で人気を確立した。
志村けん(ザ・ドリフターズ)
東京都出身。厳格な教育者の父のもとで育った反動から笑いの道を志し、高校三年でザ・ドリフターズの付き人となる。1974年、荒井注の脱退に伴い正式メンバーとなり、「東村山音頭」「ヒゲダンス」などで子どもたちのカリスマ的人気を獲得。以後も「バカ殿」「変なおじさん」など独創的なキャラクターを次々生み出し、40年以上にわたり日本のお笑い界の最前線を走り続けた。
青空球児・好児
1965年結成の漫才コンビ。’73年に第21回NHK新人漫才コンクール優勝、’79年に漫才協団真打昇進。故郷紹介ネタ「ぼくの故郷」の「ゲロゲ~ロ」や逆さ漫才、国定忠治などで知られ、センターマイクを使わない独自のスタイルを貫く。「最後のお笑い第一世代」と称され、現役最古参の漫才師。好児は東京都三鷹市出身のツッコミで、漫才協会専務理事や世田谷区議会議員も務める。
桜金造(ザ・ハンダース)
1975年に清水アキラや中本賢らとザ・ハンダースを結成し、『笑って!笑って!!60分』でブレイクした。解散後はアゴ勇とのコンビ「アゴ&キンゾー」で『お笑いスター誕生!!』第7代チャンピオンとなり、「小山ゆ〜えんちぃ〜」のギャグで人気を博した。その後俳優に転身し、伊丹十三監督『タンポポ』『マルサの女』で存在感を示し、俳優としての地位を確立。バラエティ出演や怪談の語り手としても活動した。
清水アキラ(ザ・ハンダース)
『ぎんざNOW!』出演を機に頭角を現し、コメディアン道場のチャンピオン仲間とザ・ハンダースを結成。『想い出の渚』のリメイクで日本有線放送大賞新人賞を受賞した。解散後は清水国明に師事し、『ものまね王座決定戦』でブレイク。ものまね四天王の一人として最多優勝5回を誇る。顔にセロハンテープを貼る独自の芸や、研ナオコ、谷村新司、村田英雄の物真似で高い評価を得た。
あご勇(ザ・ハンダース)
1974年『ぎんざNOW!』素人コメディアン道場で7代目チャンピオンとなり、翌年清水アキラらとザ・ハンダースを結成。『笑って!笑って!!60分』などで人気を博し、コミックソング『ハンダースの想い出の渚』はヒットを記録した。’80年にグループ離脱後、佐藤金造と漫才コンビを組み『お笑いスター誕生』で活躍するが病気療養で活動休止。その後はピン芸人として活動し近年は添乗員としても活動。
アパッチけん(ザ・ハンダース)
のちに本名の中本賢で活動するタレント・俳優。1974年、TBS『ぎんざNOW!』の「素人コメディアン道場」で注目を集め、翌’75年に清水アキラ、佐藤金造らとザ・ハンダースを結成し人気を博した。グループ解散後は俳優業へ転向し、ドラマや映画、バラエティで個性派として活躍。環境問題への関心も高く自然体験やエコロジーをテーマにした活動や発信も行う。
吉村明宏
1975年『ぎんざNOW!』の素人コメディアン道場で和田アキ子のモノマネなどで勝ち抜きデビューし、「浜っ子吉村」として活動。司会業やバラエティ出演を経て人気を獲得し、『アッコにおまかせ!』『歌のトップテン』『ものまね王座決定戦』など多数のテレビ番組で活躍した。妻は元ミス日本の飯村いづみ。