夕暮れの街に響く、どこか間の抜けたような、しかし耳に残る音。
「プ〜」と鳴るラッパの音は、豆腐屋さんが近づいてきた合図だ。
昭和の頃、豆腐は毎日買うものだった。
冷蔵庫が今ほど当たり前ではなかった時代
できたての美味しいお豆腐を売りに来る行商さんは
人々の日々の一部として暮らしに溶け込んでいた。
母や祖母が鍋を片手に家の外へ出ると、通りには白い湯気とともに
木箱を積んだ自転車やリヤカーの姿があった。
売り手と買い手の距離は近く、顔なじみ同士の会話が交わされる。
「今日は少し固めだね」「ごめん、明日は来れないわ」
その何気ないやりとりで、その日の食卓の景色が決まっていく。
ラッパの音は単なる呼びこみではなく、人と人とをつなぐ合図でもあった。
今、スーパーに行けば当たり前にお豆腐はある。
でも今でも、あのラッパの音が必要な町もある。
で、そんな町のお豆腐には、「お豆腐を買う」ことに
「おなじみさん同士のつながり」という
プライスレスなおまけがもれなく付いている。
それが、昭和のお豆腐屋さん。
音を聞いて外に出て、言葉を交わし、手渡しで受け取る。
その一連の流れそのものがひとつの価値で
お買い物も、あったかかった。
もうあの光景を身近で見ることはないかもしれないけど
古き佳き時代の景色の中にあったあったかさは
ずーっと覚えていたい。
そんなふうに思う、令和の春の午後でした。

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