「プレイバックPART2」は「勝手にしやがれ」のアンサーソング?

山口百恵「プレイバックPART2」の2コーラス目の歌詞

“勝手にしやがれ 出ていくんだろう”のフレーズを聞いたとき

内心「あれ?」と思った人は少なくなかっただろう。

私もただの偶然だと思っただけだった。

 

「プレイバックPART2」が発売されたのは1978年5月。

ちょうどその1年前にリリースされた沢田研二の「勝手にしやがれ」が

その年の賞のビッグタイトルを総ナメにした記憶も新しかった頃だから

なんとなく関連づけてしまうのも自然だったんじゃないかと思う。

 

その「偶然?」という疑問符が「やっぱりつながってたのか!」という確信に変わったのは

’79年3月に放送されたNHKの歌番組『ビッグショー(BIG SHOW)』を観た時だった。

この番組はこの回を最後にリニューアルするのだが、記念すべき最終回のゲストを務めたのが

前年の『紅白歌合戦』でともにトリを飾った、沢田研二&山口百恵の2人だった。

番組は2人のトークとメドレーで進行し、互いのヒット曲をワンコーラスずつ歌う場面で

ジュリーの「勝手にしやがれ」を受けて百恵ちゃんが歌ったのが「プレイバックPART2」。

2コーラス目のサビ部分”勝手にしやがれ 出ていくんだろう これは昨夜のあなたのセリフ”を聞いたところで

ゾワッ、と鳥肌が立ってしまった。

それは前夜、強がって寝たふりをしている男にかまわず、荷物をまとめて部屋から出て行った女性が

翌日は怒りを抱えたまま郊外へと真っ赤なポルシェをかっ飛ばした後

結局は”あたしやっぱり 帰るわね あなたのもとへ”で、男のもとにプレイバックする、という

ジュリーの「勝手にしやがれ」の顛末を見せられたと思ったからだ。

2人の様子もすごく楽しそうで、大好きな百恵ちゃんとジュリーが

お互いの曲の中でしっかりつながっていたと思わせる演出に

素直に感動してしまった。

 

 

その後、雑誌だったかTVの番組だったかで、「プレイバックPART2」の作詞者の阿木燿子さんが

「車の中でラジオを聞いていた時、沢田さんの勝手にしやがれが流れてきて、素敵な曲なので使いたいな、と思っていた」的な発言をした。

ジュリー本人も「この曲を初めて聴いた時、自分の曲を指しているとすぐにわかった」と言っていたそうで

これらをひっくるめると、「プレイバックPART2」は沢田研二「勝手にしやがれ」のアンサーソング(返歌)で正解!

という結論に至った。何より、阿木さんの発言が正真正銘のエビデンス。

これは、2人のファンにとっては嬉しすぎる。なんとも粋な話だね!と、

思わず私はポンと膝を打った。(それは嘘。)

 

そして思う。

’70年代の歌謡界って、なんだかこう、曲そのものの魅力だけじゃなくて

言葉にするのは難しいんだけども、ファンをハッとさせたり感動させたりする

そういう仕掛けというか、遊び心というか

なんだかわからないんだけど、そういうのがあったよなぁ、、、と、思いません?

「ザ・ベストテン」で、新幹線の停車中に車中から出てきた聖子ちゃんがホームで歌う、なんて

今は絶対無理だし、マイクの前でタバコをくゆらせながら「Oh!ギャル」を歌うジュリーのパフォーマンスも

きっと今は許されない。

でも、今は「ダメ!」と封印されたことに

昭和の若者はものすごくドキドキして、熱狂して、夢中になって、青春していたのだ。

それと余談なんだが、先日、昔の特番のVTRを紹介するテレビ番組を見ていたら

司会者の男性が、なんと、灰皿が置かれたMC席でタバコを吸いながら司会進行しているではないか!

なんというおおらかな、というか、これにはびっくりしたというか

もう、爆笑する自分を抑えられなかった。

すごいねーーー、、、昭和って…。

 

さらに話は逸れるが、化粧品会社のCMも、今のように機能を訴求!というより、

「ドラマや夢を売る」みたいな世界でしたよね。

毎年2月21日頃になると、資生堂やカネボウの春の口紅のCMが流れ出して

春の予感だとか、唇よ熱く君を語れ、だとかの歌とキャッチコピーに乗せられて

「この新色を買ったら私もきれいになれるかもしれない」という

馬鹿丸出しの気分にさせられるんだけども、

そんな夢のような世界に魅了されて、バイトで稼いだお金をせっせと突っ込んでいたものだ。

 

 

良し悪しは別として、そんな昭和の輝きが、心の底から愛おしい。

というわけでとりあえず、あるあるだった謎が解けて思わず膝を打ちたくなった

昭和のエピソードだ。

 

 

 

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